愛あるみなさま、こんにちは!
サトヒです。
子の長期休みごとに「無我の修行」に入っている私ですが、春休みになり無我の修行僧が爆誕しました…!!!
とりあえず実家に避難してるので意外と余裕なのですが、集中する時間があまり取れそうにないので
下書きに入ったまま放置されていた、約1年前に書いたブログの続編を加筆修正してアップすることにしました!(今更!?)
▼前回の話はこちら
【ここまでのお話】
・お金の使い方にはパターンがあるよね。私は見えるものより、見えないものへの投資しがちなの
・とか言いつつ、自己肯定感が低いと、どうしてもお金軸になりやすいよね。お金が無くなるのがめっちゃ不安で、何を買うにしても金額が気になっちゃうわ。
・そんなお金の不安ありまくりーぬな私に来た最新の試練…車の買い替え問題!!!
・自己肯定感黒帯の夫の名言:「死に金をずっと持っててどうするつもり?」
我が家の車問題が決着するまでの道のり
車の買い替えを長らく検討していた我が家だったのですが、先日ついにようやく交渉が妥結しまして。
いやしかし、ここまでが長かった…。
夫と私の意見が合わないのなんので、揉めたこと数知れず。
事の発端は、家族が増えたから今の車では手狭になり、近くに住む夫の両親と出かける時に全員一緒に乗れなくなったということで、次の車検前に大きめの車に買い替えたいと夫が言い出したこと。
最低条件は、6人乗り以上の三列シート。
私は、子育て環境重視のためスライドドアが良く、あまり運転が得意ではないということで、小回りが利いて運転しやすい車を希望。
そして、なんと言っても「価格重視」。
しかし、車をこよなく愛する夫の求める基準は、私のそれより遥かに厳しい。
前回のブログにも書いた通り
車を選ぶ時に重視するものが、私にとっては「価格」なところ、彼は「安全性」だったり、もちろん「見た目」だったり、それ以外にも自分にとっての「乗り心地」とか「操作性」なんかも見てる。
あと、驚いたのは「資産価値」。数年後売ることを考えて、値落ち率?なんかも見てたりする。
何かを好きな人ほど、知識や経験もあるし、細かい違いがわかるからこそ、こだわりが強くなるのはわかるんです。
私だって、ジャンルが違えば同じようなものだもの。
車で言えば、座面の座り心地とか、長時間運転の時の疲れにくさとか、悪路の走行性とか、衝撃安全性とか、運転サポート機能の充実性とか、まぁ色々あるようで。
で、こだわるポイントが増えれば増えるほど、価格はそれに比例してうなぎのぼり。
結局のところ、夫の中では「これがベストだ」と思ってる車があって、それを私に同意して欲しいだけなんだと感じていました。
だけど、私の条件に合う車は夫の選択肢に無いと感じていたので、何を言われても心が動かない私。
だから、ずっと話は平行線のまま。
お互いに「どうして気持ちをわかってくれないの?」という不満だけが積み重なる不毛な話し合いを続けて、いい加減辟易しておりました。
あまりにも話が進まないので
「すごく意見を押し付けられている感じがするし、私は結局細かいことはよくわからないし、私にはこだわりなんてない。
私が心配しているのは、お金のことだけだもの。
つまり、なんでもいいっちゃなんでもいいんだから、もう私に聞かずに好きにしたらいいじゃん!!」
と切れ気味に夫に伝えたのですが、後から私にぐちぐち言われるのを警戒してなのか、不満そうな夫氏。
だけど、どうしてこんなにも夫の選びたい車に快く「いいよ」って言えないのかが、自分でも不思議だったんですよね。
お金の不安が大きいのは確かなんだけど、お金の問題だけなんだったら「えいやっ」ってやれなくもない気がしてたんです。
だってお金の不安には過去何度も飛び込んで、その度にどうにかなってきたんだもの。(まぁ、今回は史上最高額でビビってるのは確かだけど)
なのになんで、こんなに押し付けられてる感じがするのか。
私の意見なんて、どうせ聞いてもらえないと思うのか。
車の話になるたび、心が閉じる感覚がするのか。
どんどん私の心が置き去りになる感じがするのか。
どうしてこんなにも、いじけた気持ちになるのか。
そんなことを悶々と考えていたら
「どうせ私より車の方が大事でしょ」
という超依存的思考が出てきたのです…!!!!
ひいいいいい!!!(さすが依存系武闘派女子!)
問題の本質は「お金」じゃなかった
夫にとって車は今唯一とも言える趣味で、だからこそ大事にしてあげたい気持ちはあるのに、どうしても心がついてこないのは、過去の痛みが怨念になっているからだと気付いた私。
その過去の恨みというのは、私が車をぶつけてしまった時の、夫の対応だったのです。
そこから、彼は私より車が大事なんだと思うようになったんですよね。(極端)
私は今の車をぶつけて傷をつけたことがあるのですが、その日の私は、乳腺炎の処置のため助産院に行ってたんですね。
その帰りに、娘のお迎えがギリギリになってしまい、焦ったことで車をぶつける羽目になってしまったのですが
(500円の延長料金をケチろうとして、結果数万円の修理代がかかる本末転倒感よ…泣)
私が車をぶつけたことを夫に伝えた時、彼は私の体調不良は気にもとめず車の心配ばかりしているように見えたことで、私は思ってた以上に傷ついていたんですよね。
乳腺炎は痛いし寒いし(熱が上がるから)、頭が朦朧とした状態で自分で助産院まで運転して、詰まった乳腺を絞り出すのは拷問レベルの激痛で、施術後はヘロヘロになるのに
お迎えに行かなければならず、時間に追われてぶつけてしまったという経緯があるにもかかわらず、そんな話を聞いてくれなかったことで
私より車の方が大事
という仮説が私の中で確立してしまったのでした。
その裏には
しんどい私を助けてくれなかった
背景をわかろうとしてくれなかった
と感じたことによる積年の恨みがべったりと張り付いてたのです。
そんな当時の私がずっとずっと怒ったままで、車の話が出るたびに痛みが疼くから、何を言われてもごねたくなっていたのですね。
どうせ車の方が大事でしょ?って。
だけど、夫は別に責めたつもりはなかったのだそう。
もちろん車が傷ついたのはショックだったけど、淡々とその後の対応について話してただけなのだと。
でも私は自分の罪悪感から責められてる感じがしたし、怒られてる気がしてたんですよね。
だけどそれはきっと、私が車をぶつけた自分を責めてたからそう感じただけだったのかもしれません。(いわゆる投影)
だから、まずは自分がその自分の気持ちをわかってあげようと思いました。
しょーがないよねー、しんどいのに助けてもらえなかったんだから、車の一つや二つぶつけるよねー
大変だったもんねー、忙しかったんだもんねー
ぶつけて一番ショックなのは私で、平気なわけないのにねー
ひどいよねー、もっと優しくしてくれても良いのにねー
私の体調がどうかなんて聞いてくれなくて寂しかったよねー
そんな言葉を自分にかけながら体をさすっていたら、泣けるわ泣けるわ。
嗚咽と鼻水が止まらない。
しょーがないんだよ
誰のせいでもないよ
私は私なりに頑張ってたんだもん、いいじゃない
それはまるで、エヴァ「破」のラストで、使徒に取り込まれた綾波レイをシンジが助け出すような感じ。(わかる人だけわかればよろしい)
「僕がどうなったっていい。世界がどうなったっていい。だけどサトヒは……せめてサトヒだけは、絶対助ける!」
そんな風に、自分が本当にわかって欲しい気持ちに触れたら、それだけでずいぶん癒された気がしたのだけど、一応夫にも当時の自分の気持ちを伝えてみました。
「私、あの日辛かったんです。それをわかってもらえず、かつ責められたように感じたことが、とても悲しかった。体調が悪いのに、子どものことで助けてもらえなかったことが寂しかった。」
そんな事を伝えた後で、
「車のことは私にはよくわからないから、あなたが良いと思うのにしたらいい。家族のことを考慮して、現状ベストだと思う車があるなら、それでお任せします。」
といった内容のラインを久々の超ヘビー級長文で送ったら…
その後に帰ってきたのは、いつもの
「会社出ました」
連絡のみ。
ズコーーーッ!!
まあ、予想はしてたけどね。うん。予想はしてたけど。
結局、その後もその件について触れることはなく、夫が何をどう考えたのか、私の言いたいことが伝わったのかは全くの謎だったのだけど、私は清々しい気持ちになったので、それで良いのだろう。
結局、伝えるのはオマケみたいなもんで、どっちでもいいんですよね。
言いたきゃ言えばいいし、言いたくなければ言わなくてもいい。
言ったからと言って伝わるわけでもないし、ねぇ?(苦笑)
だけど、自分で自分の気持ちをわかってあげて、自分の味方になることさえできれば、心の中の自分は満足して、落ち着くものなのだと実感しました。
それ以降、もういいやって感じがして、「好きな車選んだらいいよ」と素直に思えるようになったし、なによりも金額のことがあまり気にならなくなったんですよ。
やっぱりお金はお金自体の問題じゃないんだなぁと、実感しましたよね。
今回の私の場合は、積年の恨みを金額の問題にすり替えて、相手を攻撃してただけなんです。
つまり、「そんなの買えるか!」って、相手の願いを叶えないことで復讐しようとしていたのよ。(笑)
で、結局夫は候補の中で一番高額かつでかい車を選んだわけだけど(私の意見ガン無視やんけ)、「決めたなら払ってやろうじゃないの」と腹を括ったところ…
なんと、注文してから納車まで4年待ちとかいう噂が囁かれ、申込金を納めるところまでいったのに、次の車検に間に合わないという事でキャンセルに…!
そして、それまで全く候補に挙がっていなかった車が突然浮上し、流れるようにそれに決定したのが先月の話。
私は、「自分が乗りやすく、かつ夫が気に入る、家族にとってベストな車に決まりますように」とこっそり願い事ノートに書いていたのですが、結果的にこれがベストだったということなんだろうなぁ。
ということで、色んな定期預金を解約しまくって金策に走り、先日どうにか耳を揃えて車の代金をお支払いいたしました。
お金のブロック解除は、「思い切って使ってみる」が手っ取り早い説
で、私(家計)史上最高金額の振込をしてみた結果。
購入を検討している間は、あれだけ「こんな大金を使ったら野垂れ死ぬに決まっている…!」と怖れ慄いていたにも関わらず
実際には、明日のご飯が買えなくなることも、一家離散になることも、野垂れ死ぬこともなかったのです…!!!!
むしろ、振り込み後の口座残高を見て感じたのは、「意外と残ってるもんだな」ということでした。(笑)
ズコーーーッ!!(2回目)
清水の舞台から飛び降りたつもりが、意外と地面が近くて、華麗に着地を決めちゃった感覚です。
お金って、心理的なブロックとしては(目に見える分)わかりやすいものだと思っていて、自分の限界を超えて使えば使うほど、結構簡単に枠が外れると思うんですよね。
今回の私はちょっと違うけれど、自分がこだわりや情熱や憧れを持っているところにこそ、ちょっと背伸びしてお金を出してみた方がいいと思っているのです。
ちなみに、使える量と受け取る量は比例すると思っているので、とりあえず思い切って使ってみることで、後から入ってくるものがある気がするんだよなぁ。(これはまだまだ実験中)
ちなみに、そんな自分の枠を突破するのにピッタリだと思うスズキチサちゃんのイベントがあったのですが…
なんと、もう満席なんだって!!!(キャンセル待ちとかあるかもしれないから、気になる人は引き続きチェック!)
私も過去に、シャングリラホテルのスイートルームで開催されたイベントに出てみたことがあるのだけど、当時は高級ホテルなんて憧れのまた憧れで。
だからこそ、その時思い切って参加してみたら、その後、高級ホテルに泊まるハードルがめちゃくちゃ下がりましたよ…!!!
その時のブログに
こうなりたい、こうしたい、こうありたい理想があるならば、それを既に叶えている人、当たり前にやっている人のエネルギーに接するのが一番の近道
なんて書きましたが、やっぱり真理だなぁと思っております^^
そんな私も、「自分に気付くための心理学座談会」なんてオンラインお茶会を開催予定なので、興味があったらぜひいらしてね^^
▼最後に脈絡のないぶっこみ営業
6月には納車されるということなので、新しい車でたくさんお出かけして、家族の思い出作りにいそしみたいと思います!!
だってそれが、「生き金を使う」ってことでしょ?きっと。
自分が決めた選択を全力で楽しむってことも、自己肯定のひとつだと思う私です。
ではまた!
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