「いい子の心理学」開催しました!【ご感想を一挙ご紹介】

イベント

愛あるみなさま、こんにちは!

10月22日に「いい子の心理学」講座を開催しまして、その後完全に燃え尽きていたサトヒです。

いやー、本当に灰になったね。

いまだに灰から蘇ってない気もする…。(笑)

(ちなみに、燃え尽きからの回復には、自分の感性を刺激することが一番だと思っております。なので、ただぼーっとしたり、子どもと遊んだり、芸術に触れたり、おいしいものを食べたりする時間を多く持つようにしているナウ。)

準備~開催まで、やっていることは通常の講座と変わらないのだけど、今回はココロノオフィス主催ということで、変に力みすぎてしまったというのもあるかもしれない…。

ほら、いい子だから他者が関わると、とにかく迷惑かけないようにと頑張りがちなのよね。(笑)

あとは、やっぱりまだ講座に慣れてないってのもあるなぁ…。

今回は90分講座だったのですが、内容詰め込みすぎ&話のペース配分を見誤って、最後が猛烈に急ぎ足になってしまいました。

イメージワークを入れたのですが、音楽を流す余裕もなかった…。

ご感想でも頂いたのですが、講座一のハイライトでもある「いい子のままで突き抜ける」ための方法論部分が急ぎ足になってしまって、サラッとしか語れずに終わってしまったのが無念であります。

大変反省しております。

いやしかし、やればやるほど改善点が見つかり、いつまでも完成される気がしない私の長い講座修行ですな。(涙)

しかし、そんな私を信頼して、講座を聞きたいと思ってくださったり、応援してやろうと思ってくださる優しい参加者の皆様のおかげで、こうして経験値を積ませて頂いております。

そんな皆様に少しでも恩返しができるように、もっと精進して、皆様の役に立つ&楽しんでもらえる講座を作れるように成長していきたいと決意を新たにしました!

改めまして、ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました^^

以下、いい子でラブリーな皆様に頂いたご感想を、一挙ご紹介させて頂きますね!

いい子について体系的に?学べて理解が深まりました。(今までなんとなくしか理解出来てなかったので)

ワークを通していい子をやめられない理由が明確になって、それはいい子をやめられないよねーと納得しました。今後どうしたらいいかについても説明してくださって、これから続けていきたいと思います。

また、参加されていた皆さんが私と同じことを悩まれていて一人じゃないんだ!と思えて少し安心しました。

(Nさん)

サトヒ
サトヒ

今回、講座をやってみて、いい子な同志がたくさん見つかったことが何よりの恩恵だと感じております!!

いい子を捨てる・やめるのではなく、いい子な自分を肯定した上で、適切に力を発揮できるように、いい子な自分とのうまい付き合い方を見つけていくことが、一番大事なことなんじゃないかと思っております。みんなで楽しく成長していけたらいいですね~^^

いい子の副作用に挙げられていた内容を見て、もう共感しかなかったです。

副作用ばかり目について、自分に才能があるとは思わなかったので(他者から言われても社交辞令としか思えなかった)、意識的に才能に目を向けるようにしようと思いました。

(Mさん)

サトヒ
サトヒ

いい子あるあるな辛さを思いっきり羅列したので(笑)、いたた…と刺さる方も多かったようです。

それがしんどいからこそ、いい子を捨てなければ!と思いがちなのですが、その裏に確かにある「才能」をもっと大切にしていけたら、もっと楽に自分の良さを発揮して生きられるような気がしております^^

罪悪感の根っこにある「愛」に目を向けるというのは確かに犠牲的ないい子をやめるきっかけの1つになると思いました。

そこに気づくと変な罪悪感を抱くことはなく自分らしく入れる気がします。

(Mさん)

サトヒ
サトヒ

いい子がやめられない大きな理由の一つに、それをやめることで感じる罪悪感が辛すぎるからというのがあると思っているのです。でも、定説どおり罪悪感の裏側には必ず愛があります。

だからこそ、意識的にその愛の部分を探してあげることで、自分の選択に自信が持ちやすくなる気がするのですね^^

しかも、いい子は基本的に愛情たっぷり型なので、探せばすぐに見つかるはず!

いい子であることで自分を責めなくてもいいのかなと思えた。

自分の中の子どもっぽい要素を押さえつけてきたことが改めてよくわかった。

痛みを感じたけど教えてもらえて良かった。

(Aさん)

サトヒ
サトヒ

いい子は早くから自立してきた人が多いので、自分の子どもっぽさを否定する人が多かったりしますね。

でも人の魅力って、陰陽両方が合わさって生じるものだと思うので、いい子の部分はもちろん、いい子じゃない部分もそれはそれで大切な自分の一部だと受け入れてあげた方が、本来の自分らしさや魅力が花開きやすいような気がしています。

無意識を意識化することは時に痛みが伴いますが、自分を知るということが変化の大事な一歩だと思います^^

「いい子」が持ちやすい代表的な観念=子供でいてはいけない。本当に、共感しかないです。

子供=天真爛漫なイメージがありますので、私が「いい子」をやめた場合のイメージは、天真爛漫でした。だけど天真爛漫って、別にネガティブな言葉じゃないんですよね。本当は。

なのに自分に置き換えると、途端にネガティブワードになってしまう。

不思議です。それだけ「いい子」でいようと、頑張ってきたってことなのだな、と感じました。

「いい子」は仮面だと思っていても、仮面の下も「いい子」。

本当にそうだと思います。だからこそ、良くも悪くも「自分軸(自分を一番大切にする)」になり切れない自分に苛立ったりしてしまう。

自分の中の葛藤に気付けた講座でした。ありがとうございました!

(Mさん)

サトヒ
サトヒ

先ほども書いた通り、早くから自立する=大人にならなければいけない環境だったからこそ、子どもの自分を禁止する傾向が強いように思います。

しかし、どんな部分にも長所短所がセットであるならば、天真爛漫さというのは子どもっぽさの長所でもありますね^^

「子どもであること」を禁止するがあまり、子どもらしさの良い部分まで否定してしまうのはもったいない気がするので、少しずつ子どもらしさの長所を自分で育てていけると良いですよね!

これまで「いい子タイプ」だと自覚はしていても、ぼんやりとしたイメージでしか捉えていなかったように思います。言葉で表現しようとするといろんな要素が詰まっていて、なかなか難しいのですよね。。

この講座に参加して、サトヒさんにそのあたりを理屈で丁寧に解説してもらうことができて、そうなる背景やしんどさの大元がよく理解できました。

講座では、「いい子の問題点」の1つ1つに、心の中で唸りました。
本当に、私そのものだったからです。

でも最後には、これまでのいい子ちゃん人生を承認できたような想いになりました。

ずっと「いい子」を脱したかったけど、このマインドを持ったまま自分らしいカタチをみつけていくのもいいかも・・そんな気持ちになる講座でした。

(Rさん)

サトヒ
サトヒ

そうなんです。いい子と一言で言っても、その背景にはいろいろな要素や思いがあるのですよね。私自身、今回講座を作りながら、改めていい子の生態を理解できたように思っています。(笑)

問題点は多々あれど、やっぱりいい子であれること自体が才能だと思うのです。だからこそ、その自分を肯定しつつ、そのマインドが問題になりすぎないような自分との付き合い方を身に着けていくことが、自分らしい生き方を見つける近道だったりするのかなと思っています^^

自分がそれを選んでいるという主体性に気づくこと、それがあれば、いい子をしないという選択肢も選べるようになるということ。

(Hさん)

サトヒ
サトヒ

ほんそれ!です。まさに「主体性」が今回の講座のキーワードでもあったのですが、いい子を無意識に発動するのではなく、意識的に使いこなせるようになれば、それは武器になるし、かつ時には「いい子をしない」という選択肢も選べるようになる。

そうすることで、心の自由を取り戻せれば、より自分らしさというものが定まっていくように思っています^^

いい子が悪い訳ではなんだな、と感じました。

もともと悪くはないと思っていた気がしますが、気を張って疲れてしんどい気持ちが「自分はダメだ」に変換され続けてたように思います。

これからは、やらない、FCをしてもいい、と意識していきます。

(Hさん)

サトヒ
サトヒ

たしかに、いい子をやりすぎることで疲れ切ったり消耗したりすると、自己否定モードが加速して、自分を責めてしまったりするのですよね。それが実は一番のしんどさの元だったりします。

FC(自由な子)の部分を解放するということは、つまり自分の本来の感性を許すことでもあります。感じることは自由なので、まずは自分が素直に感じることをキャッチすることからはじめてみてくださいね^^

得られたものはたくさんですが、特に印象的だったのは、いい子のためのイメージワークです。(ヨガでも似たような誘導瞑想やりますが、いい子のためにも使えるのかぁと勉強になりました。)

言語化の鬼(と以前どこかでお見かけした気がします。)のサトヒ先輩が、イメージワークをするのは意外だったので、とっても素敵でした!

(Kさん)

サトヒ
サトヒ

イメージワークをやるのが意外とのことですが、実は講座では結構イメージワークをやったりしております。(笑)

というのも、私自身が思考的になりすぎる傾向があるから余計感じるのですが、やっぱり思考的に考えるだけでは腑に落ちない感覚があるように思うからです。

体感するには便利なんですよね、イメージワーク。

まず、テキストがたっぷり!!(これ90分でやるの?と思いましたw)中身が濃くて、収集心旺盛な人にはもってこいのサトヒ子らしい講座!

いい子をだいぶ捨て去って本来の自由でマイペースな私で生きられるようになったと感じていたけれど、エゴグラムのチェックでは、いい子の亡霊がまだまだいるのを感じました(笑)

でも、サトヒ子のメッセージにもあったように、「本当の自分もいい子だよね?」と、またひとつ自分を受け入れられたような気がします。

ついつい、自由な私が本来の私で、いい子で優等生な私は、本来の自分ではない、みたいに思ってしまって、いい子の私を駆逐しようとしてきたところがあったかもしれない。あらためて、本来の自分とか、そうでないとか、そんな枠もいらないのかもしれない。どっちも自分でいいじゃない。そんなことを思えました!

(Hさん)

サトヒ
サトヒ

ご想像の通り、これ90分じゃ終わらない量でした…!!(笑)確かに、私の収集心がさく裂してました。この反省は次に活かしたいと思います。

本当に、いい子だろうがいい子じゃなかろうが、これが自分!と思えるようになることが、実は最後のゴールなのかもしれません。そうなれた時に初めて、いい子もいい子じゃない自分も、どちらも楽しく選べる自由を手にできるような気がします^^

当日参加できなかったので、アーカイブで拝聴したのですが、私はAC9個あり、なかなかだな…と思いました。笑 

実はここ1年程、いい子を卒業しよう色々試しておりました。

今まではいい子の仮面をつけてきたけど、それは後から装備したもので本当の自分じゃないからもう捨てる!と無理やり剥ぎ取って過ごしてみたけれど、実際いい子の捨て方がよく分からず、私は相手のことより自分を優先するんだ!って力んでみたり、別に余裕もあるし、やってあげてもいいと思ってるのに、あえてやらないもん!みたいに変に悪ぶってみたり(極端…)
謎の一人プレイをしており、色々方向性が間違っていたようです。笑

私は人が離れていくことにものすごい恐怖があって、犠牲的な行為になりがちだったんですが、自分がやりたいのかどうかをもっと丁寧に見てあげたり、禁止してた子供の部分をもっと解放してあげたいと思いました。

あとは最後の「答えは自分の内側にしかなくて思考では見つからない」っていうところにドキュンときまして、、、答え探しじゃなくて、自分の心ともっと対話しようと思います!

(Yさん)

サトヒ
サトヒ

今回は、高AC(従順な子)の猛者が集まった講座でした。さすがいい子の同志のみなさま!

とはいえ、講座でもお伝えした通り、ACを下げるのではなくFCを上げることでバランスを取るのが良いそうなので、ぜひ自分のFCの部分を大切に見てあげてくださいね^^

そのためにも、思考の奥にある自分の感情や感覚に耳を澄ませることが大事で、それは慣れだったり、練習次第で身に着くことだと思って、私も日々精進しているところです。共に感性をフルにしていきましょう!

もう‼️ものすご~~~く刺さりました。いいこはとうにどこかに捨てた鬼畜生だと思っていたのに当てはまる当てはまる… 。領域侵犯を防ぐために全てを使い果たしていました。犠牲になる前に撤退‼️大事ですね。

(Jさん)

サトヒ
サトヒ

鬼畜生への道のりは険しい…!!でも、その鬼畜生になりきれなさこそが、いい子の魅力だったりするのですよね^^

無意識に犠牲に陥る前の、「何のために」という立ち止まりが大切かと思います!いつもありがとうございます~♡

次回講座は1月中旬の予定です!

女性性が豊かすぎて(優柔不断すぎて)未だに内容が決まっておりませんが、いい子で感受性豊かで心優しい皆様のお役に立てるような講座に仕立てたいと思っております!

乞うご期待♡

ではまた。

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