受け取る勇気…受け取れる器の大きさは自分次第

日常

愛あるみなさま、こんにちは!

サトヒです~。

すっかりブログ筋が落ちまくってますが(更新頻度駄々下がり注意報)、すっかり気候も秋めいてきた今日この頃。みなさま、いかがお過ごしですか?

あと少しで産休!ということで、またボチボチブログを再開できればな~と企んでいるのですが、あまり”自分に課す”ということをしたくない生ぬるい生き様の私ですので、楽しめるペースで思うところを書き綴っていきたいと思います。

つまり、これまでと変わらないってことですけど。(笑)

ということで、今日のテーマは「受け取ることの難しさ」。

その前に、ずっと書きたいと思いつつ書けていなかった、ここ最近の皆様からの頂き物をご紹介!!

じゃじゃーーーーーん!!

グルジアの奇才からの、プレシャスでマーベラスな贈り物です!!

▼グルジアの奇才の秀逸なブログはこちら

WhyWhyなんでブログ
思わず笑っちゃう人生でありたい。笑える明日を、今日取り戻そう。

先月、マミコカウンセラーがこんな記事をアップしてて

世界に一つの愛が詰まったプレゼント
今日の新潟は少し曇った涼しい秋の始まりの木曜日。9連休中の後半は、読みたかった本を読んだり勉強したりと「おこもり」しながら自分の好きな時間を過ごそうと決めて、部屋着&スッピンのリラ…

「くわーーーー、うらやましいぜ!」

と思って地団太踏んでいた数日後、全く身に覚えのない送り主からの宅配便の不在票がポストに。

「怪しい…怪しすぎる…送り付け詐欺だったらどうしようか…」と思ってみたものの、とりあえず再配達の申し込みをして、勇気を出して(?)開けてみたら、画伯のイラスト入りハンドタオルが!

妊娠のお祝いということで、わざわざオリジナルで作成してくれたとのこと…!

泣くがなー、涙腺緩んでるがなー

気持ちもイラストも色どりも、全部があったかくて、見る度にほっこり。

子どもが生まれたら、ふぁーこイラスト入りロンパース買っちゃおうかな~なんて企んでおりますぞ!

▼ふぁーこ先生の作品は、こちらのサイトで購入できます!

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ふぁーこのおもいで市場 ( faako )の公式アイテムの通販サイト。はじめまして。 カウンセリング・コーチングをしています。

そして、お次はこちら。

先日、八ヶ岳Cradleに伺った際、久々に会った友人たちに頂いたアレコレ。

お茶目な入浴剤は、マミコカウンセラーから。いつも入浴剤の交換会をやっているイメージがある私たち。(笑)今回、私は準備不足のためお返しできず…!

いかにも上質そうなオイルとハンドクリームは、やまだようこカウンセラーから。ハンドクリームは我がムスメに、ということで頂きました!(注:うちのムスメは、やまだようこラブなんです。何かしら波長が合うらしい。笑)

安産御守は、スタッフK.Oちゃんから。なんと、これ「伊勢神宮」のものなんですって!自分じゃ早々行かない場所だし、超絶波動高いであろう神社なので、ご利益ありまくりな気しかしない…!

伊勢神宮の方向向いてお祈りするので、「逆子」を直してもらえんだろうか…。(現在、逆向いてます。)

なんだか、もらってばかりで恐縮なのだけど、今は随分とプレゼントを純粋に受け取れるようになったと思います。

以前は、なんだか「借り」のような気がして、すぐにお返しせねば!と息巻いていたよ。(笑)

本当に受け取り下手でしたねぇ。その根底にあるのは、「私なんかが…」という無価値感だったり、「申し訳ない」という罪悪感だったりしたのだけど。

だから、その感情の不協和音を早く解消したくて、お返しして「対等」になろうとしてたんだと思うんですよね。どんだけ病んでいるんだYO!(笑)

今は、ただただ素直に、頂いた物に対するありがたさと、何より私のことを思いながら選んでくれた(作ってくれた)その気持ちと愛情を、こそばゆい気持ちと共に嬉しく受け取ることができるようになったように思います。

自分が「あげる」立場として考えたら、やっぱり自分が選んだプレゼントを、喜んで受け取ってもらえたら、それだけで嬉しいもの。

その物が相手の気に入るか気に入らないかは、いつも心配する所ではあるのだけれど、そこはコントロールできない部分だし、自分なりの最善を尽くすしかないわけで。

だったら、何よりも「何かをプレゼントしたかった」気持ちそのものを、相手に受け取ってもらえるのが幸せだったりするんですよね。

だから、まさに「受け取ってくれてありがとう!」なんです。

そう考えると、「受け取る」も「与える」も表裏一体で、実は同じ物なのかもしれませんよね

本質的には、目に見えない気持ちやエネルギーを贈り合っているのでしょう^^

とことん自信が無い私を再認識

とまぁ、「プレゼント」に関しては、随分と受け取れるようになった私なのですが、自分の価値だったり評価だったり、形として見えにくい部分については、まだまだ受け取り下手だなぁと思う出来事がありまして。

前述の通り、私はもうすぐ産休なんですが、中国にいる上司から突然、「オンラインでタイマン張るぞ」との果たし状(1対1のミーティングへの招待)が。

今までそんな機会全然無かったのに、ここに来て突然なんじゃーい!産休前に辞めろとか言われるんかーい!と恐怖に慄いた私。(辞めたい辞めたい言ってる割に、辞めろと言われるのは恐怖という自己中)

そんな宿命の対決が昨日の朝だったのですが、恐る恐る話を聞いてみると

「すごい久しぶりになっちゃったね!これまで、こういう機会を作らなくてごめんね!もう来月から産休だよね?だから、お疲れ様ってことを言いたくて。これまで本当によく頑張ってくれてありがとう。」

という労いと感謝を頂いた。

ズコーっとなったけど、まくしたてるかのようにこれまでの私の業績やら能力やらを褒めたり、感謝したりしてくれるものだから、聞いてるうちにどんどん涙ぐむ私。

ダメだー、寄る年波のせいで涙腺の抑えが聞かないぜ…ついでに子宮底筋も。(最近、尿漏れが…)

「もう泣きそうです~」

と言ったら

「なんで泣く必要があるの!?」

と笑われる。

普段、ほとんど個人的なコミュニケーションが無かった上司で、いつも仕事の振り方がキラーパスでイライラすることも多かったのですが、欧米人故の紳士さなのか、ただの建前なのかはよくわからないけど、自分が思っていたよりも自分を評価してくれていたことを知り、涙が溢れてしまう。

でも、ここでも強く感じてしまうのは、「罪悪感」と「無力感」の方なんですよね。

「そんな風に言ってくれるのはありがたいんですけど、全然達成感がないんです。英語も全然うまくならないし、言いたいことがうまく伝えられないし、色んなことがわからないままだし、思ったように結果を出せた気がしてません。」

と、もはや前回の別の上司との対決のデジャヴかと思うような懺悔。(懺悔好き)

「そんなことないよー、あなたがいなかったら成し遂げられなかったことだよー。自分は我慢が足りないから(笑)、あなたの我慢強さのおかげでプロジェクトが進んだんだよ。だから、自信を持ちなさい。世の男はみんな自信を持っているんだから、あなたも自信を持たないとね。」

世の男はみんな自信を持っている…という部分には、カウンセラー的に大いにツッコミたい気分だったけど。(笑)

「休みが明けたら、戻ってきてね。2年か3年かわからないけど、あなたには能力があるから、そんな人には是非戻ってきてもらいたいと思っているよ。事前に連絡をくれたら、ちゃんと仕事を準備するから連絡先教えておいてね。」

お…おう。なんなら育休明けにフェードアウトしようと思ってたけど…。(笑)

ちゃんと見てくれた人がいるという嬉しさと、その期待に十分応えられなかったような気がする申し訳なさとが入り混じった涙。

それと共に、自分の受け取れない心の仕組みを改めて知る。

人は、自分でそう思えている分量しか、他の人からの言葉を受け取れない!!のでアール!URでアール!

だから、自己肯定や自己承認だったり、自分に自信を持つことが必要なんですよね。それが、そのまま自分の「受け取れる器の大きさ」になるから。

受け取れる器の大きさが大きくなればなるほど、もっとたくさんの物を受け取っていけるようになり、感じられる豊かさがどんどん広がっていくんですよね^^

逆に言えば、自己肯定感が低い分だけ、与えられているはずの豊かさを取りこぼしてしまうということでもあるのでしょう。おそろしい…!!

と、そんな風にわかっていたつもりでも、「本当に私って自分に自信が無いんだな~」ということを改めて思い知らされる出来事でしたねぇ。

そもそも、リーダーシップを取って前に立つのが好きではないから、基本的に裏方の仕事を好む分、結果が出にくいところを担当しているというのもあり、なかなか「私ってよくやってる!」って思えるような機会が少ないのは事実。

何か結果が出ても、「私一人で成し遂げた訳ではないし」と思っちゃうし。

でも、それもまた自分の物事を見る角度の違いだけなのかもしれません。

どんな仕事も、自分一人で成し遂げられることなんてなかなか無いわけで、その中でいかに自分の能力を発揮して、自分なりに貢献できたかを成果として見たらいいんですよね。

自己肯定感を高める秘訣は、結果ではなくプロセスを評価すること。

他人には言うのに、自分ではなかなかそう思い切れてなかったようです。(苦笑)

しかし、なんでこんなに私は自分に対して「理想」を高く持ちすぎたり、完璧を求めすぎたりするんだろ?ということを考えていたのですが

ふと思いついたのが、「オカン」のこと。

深掘りして考えて見れば、結局のところ「オカン」に対して捨てきれなかった理想が、自分に向いているだけなのかもしれないな、と。

オカンに完璧さを期待していた分、完璧でないオカンが許せず、自分自身にも完璧を期待し続け、完璧でない自分を許せなくなってしまっていたのかもしれない、と。

ざっくりすぎて、伝わらないかもしれませんが、そう思った背景は長くなりそうなのでまた別の機会に。

Because you are worth it.

理想どおりじゃなくても、完璧じゃなくても、あなたはよくやっている。頑張ってる。

だから、それで十分なんですよ^^

そして、その頑張りを見てくれている人はきっといる。

その人たちの労いや感謝の気持ちを、素直に受け取る価値があなたにはあります。

どんなに自分ではそう思えなくても、勇気を出して受け入れてみたら、自己否定の呪いが少しずつほどけていくのではないでしょうか。

一滴一滴、コップに新しい水を入れていくように、「自己否定」でいっぱいだったコップを、「自己肯定」という水で潤していくみたいに。

自分で思えないことを受け取るって、めちゃくちゃ恥ずかしいし、勇気もいることです。

だけど、その言葉を「自分のために」発してくれた相手の思いを受け取ることも、また愛ですもんね^^

「(私にはなかなかそう思えないけど)そんな風に思ってくれて、そんな風に評価してくれて、どうもありがとう」

と伝えることができたら、きっと相手も嬉しいはず。

そして

「そんな風に思ってくれる(奇特な)人もいるんだなぁ」

と、他人ごとのように思うだけでも、潜在意識の中にその言葉は少しずつ浸透し、積み重なっていくのだと思います^^

長年抱えてきたセルフイメージを覆すには、それ相応の時間がかかるものですが、勇気を出して周りの意見に耳を傾けてみるだけでも、頑丈だったはずの自分の思い込みの世界に風穴を開けるきっかけになるんじゃないかな~と思いました。

私は私なりに頑張った!

だから、その言葉や思いを受け取る価値がある!

表面的な結果がどうであれ、そこまでエネルギーや労力をかけてきたことは事実ですから。

「あなたには、その価値があるから」というのはかの有名なTVCMのメッセージですが(笑)、どんなに自分ではそう思えなくても、あるんですよ、あなたにはその価値が。

それがどんなに理想からかけ離れていたとしても、そこに注いだはずのエネルギーは唯一無二のあなたの「かけら」そのもので、何物にも代えがたい価値があるものなのです^^

自分なりに与えてきたことをしっかりと認めて、その価値を受け入れられるような視点を持っていきたいですね。あなたも、私も!

ではまた!

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