「他人軸」は武器になる!生まれ持った感受性とうまく付き合うために【ココロノマルシェ】

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【人の目が気になる】

「人の目が気になる」「他人軸になりやすい」というのはネガティブにも捉えられますが、実は「感受性が豊か」で「愛情深い」という「才能」の一つでもあると思っています。

そんな才能を武器として活かせるように、自分をより深く知り、他人との自分にとって適度な距離感を見つけていけると良いのではないでしょうか?

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ココロノマルシェにご相談頂いた内容に回答しています!

人の目が気になる
ありふれた悩みかもしれませんがよろしくお願いします。 少し前に自分軸・他人軸という考え方を知り、他人軸だから人の目が気になるのだろう…ということがわかったのですが、そこでストップしている感じです。 自分軸をつくるべく、な

ありふれた悩みかもしれませんがよろしくお願いします。

少し前に自分軸・他人軸という考え方を知り、他人軸だから人の目が気になるのだろう…ということがわかったのですが、そこでストップしている感じです。

自分軸をつくるべく、なるべく日々習慣で同じ行動をしてしまうことを、思い出した時は「わたしはどれが欲しい?どこに行きたい?」など、立ち止まって考えてから実行するようにしています。

そんなことが出来た日は自分軸のかけらみたいなのを掴めたように感じて幸せなのですが、すぐにいつのまにか他人軸に戻ってしまっていて、人の目を行動基準している自分がいます。

それに気づく時はまだいいのですが、大体が無意識に人の目を気にした結果の行動を行なっているようです。

そのせいか何も疲れることをしてないのに、毎日本当にぐったりと疲れきります。

連休などは死んだように眠っています。
布団から起き上がれず、お恥ずかしながら食事もベットの上で乾き物など調理の必要のないものをボリボリ貪っています。
文字通りの干物です。

ですが人前に出る時は人目が気になるので、人一倍身なりなど時間をかけて整えています。

自分がそうすることが心地良いからというより、ほんと「人の目」という感じです。

哀れに思われないように、とか。
悪目立ちしないように、とか。
毒にも薬にもならないで、やり過ごしたいという意識が奥にある感じです。

踏み込んで欲しくない、という気持ちもある気がします。
ダサすぎたり、逆におしゃれすぎても、どちらにせよ人に関心を向けられることに嫌悪感があります。

人の目を気にしてるのに、人の目に入ることはそれ以上に嫌な感じもあり、自分でもどういう心理なのかわかりません。いずれにせよ、他人軸だとは思うのですが…

何を相談してるのかハッキリせずすみませんが、相談させてくださりありがとうございました。
こうやって自分の中だけにせずに外に出せて多少なり整理されました。

沢山のご相談寄せられてるようなので、無回答でも大丈夫です!(もちろん頂けたらとてもありがたいです)重ねましてありがとうございました。

(埋立地さん)

「自分らしさ」をとことん追求する、ライフワーク研究家サトヒです!

ご相談の文章の端々から、他人への気遣いや優しさが垣間見えますよね~。(涙)

私も長らく他人軸バリバリの全開で、もはや他人と自分の感情の区別がつかないほどに、他人と一体化していた時期が長いので、「人目が気になって、自分らしくふるまえない」苦しみは理解できるつもりです。

だからこそ、「自分らしさを追求するライフワーク研究家」なんて肩書きを、偉そうに名乗っているわけなのですが。(笑)

埋立地さんが「他人軸」という考えを知ったのは、最近とのこと。

そこから、

>自分軸をつくるべく、なるべく日々習慣で同じ行動をしてしまうことを、思い出した時は「わたしはどれが欲しい?どこに行きたい?」など、立ち止まって考えてから実行するようにしています。

という風に、自分の内側にある本心に意識を向けるように行動しているとのこと、めちゃくちゃ良い心がけだと思いますよ!

今までずっと、外側にいる他人の気持ちにばかり目を向けてきた分、なかなか自分の本音は顔を出してくれないかもしれませんが、これもまたダイエットのようなもので、まさに「継続は力なり!」の世界です。

最初の頃は小さかった自分の心の声が、根気強く耳を傾けていくうちに、少しずつ少しずつ大きくなって、段々と自分のことがわかっていくはずです。ということで、ぜひ日常の中で続けていってくださいね~!

なかなか自分軸になれなくて、やっぱり他人軸になってしまうことだってあると思いますが、その割合が少しずつ変化していけば、それで大成功なのです。

まずは、自分に気付くことが大事です。気付きは変化の大きな一歩ですから^^

焦らずゆっくり、自分軸に水をあげながら育ててあげる感じで、付き合っていけるといいのではないかな~と思います。

「他人軸」になりやすいのも、実は「才能」!?

そもそもですが、前述の通り、埋立地さんは他人の気持ちの機微を敏感に気遣う繊細さをお持ちの方なのだと思うんですよね^^

それはもちろん、ネガティブに捉えれば「他人軸になりやすい」ということにもなりますが、実は「才能」の一つでもあるのです。

その才能は、他人とのコミュニケーションにおいて、すごく力を発揮しているはずで、自分では当たり前すぎて気付いていないかもしれませんが、他人から好かれたり、信頼されたりということが多いんじゃないかと思うのです。

だけど、溢れる才能は扱い方を知らないと、時に諸刃の剣となって、自分を傷つけることもあるんですね。

それが、他人に気を使いすぎて疲れるとか、自分の本心を見失うとか、そんな形で現れるわけです。

なので、元々他人の気持ちに敏感なタイプというのは、すごく意識して「自分軸」を作らないと、どうしても他人の気持ちに振り回されやすくなっちゃうんだと思います。

だからこそ、日々の訓練が必要だよ~っていうお話につながるのですが。

あとは、やっぱり他人の心の機微に敏感な人って、鈍感な人の数倍疲れるものだと思います。アンテナが高い分、色々な情報を一度にキャッチしてしまって、自分の中での情報処理量が多くなってしまうからです。

だとしたら、普段頑張っている分、休日は他人との距離を取って、自分の時間を確保してあげるというのがとても大事な休息方法になります。

埋立地さんは「干物」なんておっしゃいますけど、干物で何が悪い!って感じですよ。そこは、干物として開き直ってよろしいのではないかと。(笑)

そのくらい、日常的に自分の潤いを誰かのために提供しているのだから、自分がカラカラになっても当然なんですよね~。そりゃ、ぐったり疲れて何かする気にもなれませんて。

自分の心の潤いを取り戻すために、自分のペースを取り戻すために、精神力を回復させるために、自分に休息を与えているのだとしたら、それは自分にとって必要だからそうしていることなのです。

どこか、「こんな休日の使い方じゃもったいない」とか、「何もできない自分はダメだ」と自分を責めるようなことがあるのなら、「こんなに動けなくなるくらい、毎日頑張ってるんだからしょうがない!」と自分をかばってあげて欲しいのです。

気になっているのが「誰の目」なのかを振り返ってみる

で、ここから「他人軸になってしまう理由」をちょっと深掘りしてみたいと思うのですが、埋立地さんが気にしている「人の目」って本当は誰の目なのかな?ということを考えてみて欲しいんです。

心理学的に「投影」という言葉があって、私たちは自分自身だったり、自分に近しい誰かの存在を、他人の中に映し出して見る、ということを無意識にしているんですね。

また、過去の経験で痛みを感じる出来事があると、その痛みを二度と味わわなくて済むように、無意識に自分を守るための行動を取ろうとすることもあります。

>哀れに思われないように、とか。
悪目立ちしないように、とか。
毒にも薬にもならないで、やり過ごしたいという意識が奥にある感じです。

>踏み込んで欲しくない、という気持ちもある気がします。
ダサすぎたり、逆におしゃれすぎても、どちらにせよ人に関心を向けられることに嫌悪感があります。

哀れに思われることが、以前あったのでしょうか?

悪目立ちすると、どうなっちゃうんでしょう?

他人に踏み込まれると、どんな気持ちがするのでしょう?

人に関心を向けられると、何が起こる気がするのでしょう?

埋立地さんの言葉から想像するに、「目立つこと」と「干渉されること」に何か不安を感じているのかな?と思ったのですが、そういったことで過去何か嫌な思いをした経験などあったりしましたか?

ちょっと、ご自身の経験を思い返して頂けると、何か今につながるヒントが見つかるかもしれません。

例えばですけど、お母さんが過干渉気味なタイプだと、小さい頃から常に何か自分に対してダメ出しだったり、茶々を入れられたりする経験が多いので、自分の行動に自信が持ちにくくなり、常に自分に対して疑心暗鬼な感覚を持ちやすくなります。

そうすると、小さい頃からお母さんに言われ続けてきた言葉がそのまま自分の心の声にすり替わって、まるで常に後ろにお母さんがいるかのように、自分の行動を自分自身で監視するようになったりもします。

そうすると、先ほどの「投影」の原理が働いて、「自分でそう思っていることは、他人もそう思っているに違いない」と感じるので、他人からも監視されて、否定的に見られているような気がしてしまう、ということも起こったりするんですね。

今回は、ご家族の情報は特に書かれていらっしゃらないので推測の域を出ませんが、もしかしたら何か過去の経験から、「他人の目を気にする」ことで自分を守りたい心の仕組みがあるのかもしれないな、と思って書かせて頂きました。

「才能」を武器にするために

とはいえ、とはいえですよ。

最初からお伝えしていますが、そもそも「他人軸」になりやすいタイプの人というのは、他人の心の機微に敏感で、他人の要求や期待に気付きやすく、更に他人の要求や期待に応えてあげたいと思う優しさを持っている人が多いのです。

一言で言えば、「愛情深い」んですよ。

もちろん、自分の生活がままならなくなるほどまで自分をすり減らしてしまう(それを自己犠牲と呼びますが)のはしんどいわけですが、元々は大きな愛を持っている人だからこその悩みだと思うんです^^

もしかしたら、そこまで疲弊してしまうのは他人との心理的距離感が近すぎるということも原因なのかもしれません。だけど、それもまた逆に言えば、それだけ他人に親身になれるという優しさでもありますし。

せっかく生まれ持った才能を、もっとうまく発揮できるようになるためにも、自分というものを知り、何ができて、何ができないかをしっかりと見極めることも大切なのだと思っています^^

ということで、「自分軸」を意識する行動は継続して頂くとして、他人軸になりやすい人にオススメの呪文を日々唱えて頂き、他人との自分にとって適切な距離感というのを見つけていけると、自分を過度に疲弊しない人間関係を築いていけるだろうし、本来の自分らしさを自由に発揮しやすくなっていけるのではないかな?と思います。

ということで、ご唱和ください!

「自分は自分、他人は他人」

人の目が気になる度に、つぶやいてみてくださいね^^

そして、勇気を出して「自分がしたいこと」や「自分が好きなもの」を素直に選ぶ練習を積み重ねていってください!

埋立地さんが、自分の才能とうまく付き合いながら、より自由に、自分らしい選択を積み重ねていけることを心から祈っています^^

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