慢性的な問題が教えてくれること

オカン問題

愛あるみなさま、こんにちは!

サトヒです。

週末は、根本先生主催の「お弟子さん講座」2期の修了式でした!

怒涛の半年を乗り越えてきた同志たちに、涙の乾杯!!

なんだかんだ、かなり気張って、頑張ってきたはずと思います。今日あたり、気が抜けてヘロヘロになってる頃かも~??しばし、ゆるりと過ごす日々を味わって欲しいところです^^

振り返れば…奴がいる…じゃなくて(古)、約9カ月前の私もまた、ヘロヘロになっておりました。もはや、懐かしい。

そして、なんと4月からは、もう3期だと!?どこまでも駆け抜ける師匠…それでこそ武闘派の師匠…(笑)

2期最終回の今回、私はあいにく会場参加はせず、遠隔で様子を窺っていたのですが(つまりZOOM)、毎回行われる師匠によるデモセッションで、色々と感じることがあったので、ブログに書こうと思います。

今回のデモセッションで取り上げられたのは、2人。

それぞれ、長らく抱えてきた、いわゆる「慢性的な問題」というやつテーマでした。

「慢性的な問題」とは、何度も何度も、手を変え品を変え、人生の中で浮上してくる問題。

何度向き合っても、根深く残り続ける問題。

手放したつもりでも、なかなか変わらない問題。

そのような物を指します。

だから、セッションなどで「また~!?」「もういいわ~」とお腹いっぱい感を感じるようなテーマは、ソレだったりするそうです。

ちなみに、師匠にとっては「オトン問題」がソレだったそうで。過去、6回から7回くらい、セッションで取り扱ってきたそうです。(師匠にも、そんな時代があると知って、師匠も人間だったことに安心…。)

かくいう私の場合は、紛れもなく「ラスボスオカン」であります。

 

サトヒよ…。何故もがき、生きるのか。滅びこそ、我が悦び。死に逝く者こそ、美しい。さあ…我が腕の中で息絶えるがよい!(ラスボス業界最優秀賞の名言)

ちょ…産んだのはそっちじゃん!てか、その台詞、勝てる気がしないわ…メガンテ!(自爆の呪文)

冗談はさておき。

大学生の頃、孤独感から過食症になり、その原因を探る中でたどり着いた「母に対する心理的葛藤」

そこから、もはや20年…私は、心の中のオカンと向き合い続けてきたのです。

だから、師匠のコンサルで「オカン」テーマが出た時は、絶句したよね~。

まーーーーたーーーーかーーーーーよーーーーーーー!!!

(師匠による達筆。懐かしいから貼っておく)

師匠曰く、「みんなそんなもんだから」とのことなので、慢性的にオカン問題を抱えるのは、私だけではないはずと思っていますが。ですよね?ね?

まぁ、私は特に顕著なド・マザコンタイプだったと思いますけどね…あれ、まさかドMのMは、マザコンのM!?

でもね、今回弟子講座を聞きながら、オカンに思いを馳せてみて、「最近、あまり痛みを感じることが無くなったなぁ」と気付いたんです。

オカンのことを考えて、胸が痛むようなことが減った。複雑な気持ちが薄まった。

なんとなく、そんな風に感じたのです。

インナーチャイルドに会いに行く

弟子講座の中のイメージワーク練習の一つだった「インナーチャイルドワーク」。

それは、自分の心の中の、インナーチャイルドに会いに行くワーク。

インナーチャイルドとは、その名の通り「内なる子供」。つまるところ、幼少期の記憶や経験、それに伴う心の痛みのことを言うようです。

練習は、癒しが目的の「インナーチャイルドワーク」なので、師匠が使った誘導のスクリプトは、ちょっと寂しそうな子供の自分を思い浮かべるように作られていました。

そんな誘導の声に合わせて、子どもの自分を思い浮かべていったつもりなのに、私のインナーチャイルドは、なぜかめちゃくちゃ元気だったんですよね。

私を見て、笑顔でこう言うんです。

「わぁ、お姉ちゃん!私に会いに来てくれたんだね。会いに来てくれて、ありがとう!思い出してくれて、ありがとう!」

…お姉ちゃんって言われる歳でもないのが歯がゆいが…(苦笑)

インナーチャイルドの自分に、こんなに歓迎されることなんて、今まで無かったので、それだけで涙が出る。(泣)

「うんうん、会いに来たよ。しばらく、気にかけてあげられなくてごめんね。」

「大丈夫だよ、私、とっても元気だったから。全然寂しくなかったよ。」

そうかぁ、寂しくなかったかぁ。良かったなぁ。私の中の私が、元気で良かったなぁ。

そんな風に感慨深くなったのですが、そのまま私は、練習の誘導の声をぶった切って、オカンに想いを馳せていました。

そういえば、私の中のオカンはどうなってるんだろうか?

そのまま、オカンを思い出してみることにしました。

愛されているとわかっていたからこそ

これまで何度となく、セッションやセラピーで向き合ってきたオカン。

私は、いつでも、母をイメージするだけで、得も言われぬ感情に泣いてきました。

それは、愛されない悲しみだったり、私が私で申し訳ない罪悪感だったり、私を見て欲しい怒りだったり。

でも、いつだってイメージの中のオカンは、私に対して何も思ってなかった。

つまり、私が気にしていたことを、何も気にしていなかった。

傷つけたと思って、罪悪感を感じていたことに、特に傷ついていなかった。

私が思うよりも、ずっとタフなイメージ上のオカン。

だけど、私が私自身を許せないから、オカンに顔向けできなかっただけだったのです。

そして、オカンの「何も気にしてない」様子を、素直に受け取れなかったのでした。

今回、オカンを思い浮かべてみて、やっぱり「私はいい子じゃないなぁ」と感じました。

ごめんね、私、やっぱりオカンが望む私にはなれなかったよ。

いい子になれなくて、ごめんね。

幸せにできなくて、ごめんね。

そんな気持ちが、腹の底から出てきて、悲しくなる。

でも、それに対してオカンは

「そんなこと思ってないから、大丈夫だよ」

と、けろっとした様子で言うのです。

これまでも、今も、これからも、きっとオカンは私に対して、そう思ってきたし、そう思うのでしょう。

「あんたは、あんたのままでいいじゃない。それがあんただって、わかってるよ。」

と。

でも、その言葉をどうしても受け取れない私。

その部分については、過去、”神様に謝罪”という形で向き合いました。

私は、本当は誰にも裁かれていないし、既に許されていたんだということ。

それでも今回ラスボスオカンと改めて向き合って、まだまだ私は私を許しきっていなかったのか~と、根深い自分の思いに愕然とする私…。

だけど、なぜ私はこんなにも自分で自分を責め続けるほどに、こんなにもオカンを愛そうとしてきたのか?そして、うまくオカンを愛せない自分を許せないと思い続けてきたんだろう?とぼんやり考えていたら、ふと思いついたことがありました。

「そうか、私は、本当は愛されていることをわかっていたからこそ、その思いに応えられない自分を、うまく認められずにきたのかもしれない」

そんな言葉が降りてきました。

私は、ずっと自分は愛されていないと思い込んでいました。

母が、不安や不満を口にするたびに、それは私の存在への否定と受け取ってきました。

母が、私を心配するたびに、信頼してくれないと腹を立てていました。

私は、母を助けたいと思って生まれてきたから、その思いが果たせないことに罪悪感を感じているのかもしれない、と思っていたのですが、もしかしたら、そうじゃないのかもしれない。

本当は逆なのかもしれない。

私は、本当は、自分が愛されていることを知っていたから、その愛に報いたくて、いい子でいたいと願ったかもしれないなぁと。

でも、いくら頑張っても、母の愛は大きすぎて受け取れず、こんな自分はダメだと、自己否定を強めていったのかもしれません。

つまりそれは、受け取り切れないほどの愛で、私は受け入れられていたということなのかもなぁ。

なんだ、愛されてないと思ってたのは、私だけだったのか。

やっぱり、私は、愛されていたのか。

その愛にふさわしくないと、自分自身の価値を決めつけて、向けられた愛を見ないように、受け取らないようにしてきただけだったのか。

与えられた愛にふさわしい自分に、与えられた愛を堂々と受け取れる自分になるために、頑張ってきただけだったのか。

なんという茶番、なんという自作自演。(笑)

私は、愛を受け取らないために、必死だったのねぇ…。

母の視点に立ってみれば、私を愛さないはずがなかった。

心配してアレコレ口を出すのも、私の安全や幸せを、心から願っているからだ。

私が、その気持ちを疎ましく思ってしまったのは、その思いに応えたいと思う気持ちと、母の気持ちに反する自分の本音がぶつかって、葛藤していたからだ。

母への思いが強すぎて、「私は私」って、思えなかったからなんだな。一言で言えば、「癒着」ということなんだろうけど。

「オカンは、私の事を大事に思ってくれてたんだね」

そう、イメージの中の母に伝えると

「当たり前じゃない」

と言ったので

「それでもやっぱり、私はまだまだダメだなって思ってしまうよ」

と伝えると

「ダメなわけないじゃない、だってあんたはお母さんとお父さんのいいところを引き継いでるんだから。いいとこどりなんだから、ダメなわけじゃないじゃない。」

と言われ、涙腺崩壊。

実物のオカンは口下手なので、そんなセリフを言うことはないと思うのですが、でも、そんな感覚を私に対して持ってくれているのかもしれないな、と素直に思えました。

「そうか~、私は私のことを全然好きじゃなかったし、ダメなところばかりで、全然いいとこなんてないって思い続けてきたけど、この私の中に確かに存在するものたちは、全部オトンとオカンのいいところだったなら、もう愛さないわけにはいかないなぁ。」

そんな風に思えたのです。

本当の自分の偉大さを思い出す

お師匠様曰く

「慢性的な問題は自分の偉大さを受け取るまで抜け出せない」

んだそうです。

自分の偉大さ…それは、自分の価値や魅力はもちろん、自分が今世で生まれた理由、つまり生きる使命のようなレベルの偉大さだそうです。

それらを本気で受け取るまでは、慢性的な問題は何度でも形を変えて現れる。

原因となった痛みに何度向き合っても、再び浮かび上がる。

だとしたら、その痛みは「本当の自分を思い出しなさい」というメッセージなのかもしれません。

私が、なぜ私であるのか?

私が、なぜ私としてこの世界に生まれることを選んだのか?

生まれる時に忘れてしまった遠い約束、決め事、目的のようなもの。

それを思い出すために、目の前の問題は起こり続けるのかもしれません。

逆に言えば、それを受け入れる覚悟さえできれば、どんな問題も問題ではなくなるのかもしれません。問題だと思ってきたものが、問題だと感じなくなるのかもしれません。

それはまるで、無敵スターを手にいれたマリオが、どんな敵もはじき返して突き進むように。

そして、そうなった時初めて、無我の境地で、自分自身を誰かのために活かそうと思えるようになるのかもしれません。

無我の境地とは、「自分がどう思われるのか」を気にせず、「自分が認められる」「自分が愛される」ためではなく、純粋に、自分の才能を誰かのために使いたい、と思えること。

自分を、ただただ世界のために活かしたいと思えるようになること。

そんな悟りの境地が、本当にあるのかはわかりませんが、無敵な自分を思い出したら、もはや防御する必要が無くなるでしょう?

そうしたら、自分を守るために使っていたエネルギーを、純粋に誰かのために捧げることができるような気がするのです。

それは、自己犠牲抜きの、他者貢献。

そんなの、もしかしたらただの机上の空論であり、理想論でしかないかもしれないけれど。

結局、どんな他者貢献も、自己満足でしかないかもしれないし。

だけど、この世界に見えているものが、全て自分自身の一部であるなら、誰かのためも、自分のためも、本当は同義なのだと思うから、自他の区別なんて、実は必要ないのかもしれない。

そもそも論として、私たちは神様の一部だし、神様そのものなんだから、偉大じゃないわけがないのだ。

それが、神との統合…つまり、本当の自分を思い出す(Re-member)ということなのだから。

「わたし」を思い出して、「わたし」になりなさい。
あなたがたはすべて「わたし」の一部であり、神の身体のメンバーだ。

真の自分を思い出す(remember)というのは、文字どおりメンバーになることだ。ふたたびメンバーになる(re-membering)、もう一度、ひとつの身体になることだ。

存在するのはたったひとつの身体。
このことをいつも覚えていなさい。

愛は無条件である。生命は終わらない。神には何の必要性もない。そして、あなたがたは奇跡だ。人間という神の奇跡だ。

さあ、創造者と出会いなさい。
あなたがたは自分自身のなかに創造者を見いだすだろう。

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話がなんだか、大それた方向に飛んで行ってしまいましたが(汗)、結論的には、自分の偉大さを、本当の自分を早く思い出したいよね、という話でした^^

だって、もう「慢性的な問題」はこりごりなんだも~ん。(苦笑)

って、このブログアップしてから、師匠のブログに気付いた。やだ、TTP(テッテイ・テキニ・パクル)みたいじゃん!って、元ネタは師匠のデモセッションなんだけども(笑)

みなさまの、本当の自分へと還る旅を、サトヒはいつでも応援しています。

ではまた!

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