カウンセリングを受ける時に大切な自分軸:自分に合うカウンセリングは自分で選ぶ【ココロノマルシェ】

ココロノマルシェ

【カウンセラーとの関係について「こんなものなのかな?」とお聞きしたくご相談させて頂きます】

自分がカウンセリングを「どのようなもの」かと思うかは、自分で決めていいんだと思います。

そして、カウンセラーとクライアントという関係性であっても、基本は人間関係ですから、合う・合わないはあるのは自然なことです。

より距離が近い関係性だからこそ、「自分が選ぶ」という意識をしっかりと持って、「自分はどんなカウンセリングを受けたいのか?」や「自分にはどんなカウンセラーが合うのか?」を明確にした上で、自分に合うカウンセラーを探すのをオススメします^^

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ココロノマルシェにご相談頂いた内容に回答しています!

ココロノマルシェ
心理カウンセラー根本裕幸のお弟子さんがあなたのお悩みにオンラインで答えます。

どうぞよろしくお願い致します。

タイトルの通り、カウンセラーとの関係について「こんなものなのかな?」とお聞きしたくご相談させて頂きます。

家族関係で悩んでおり、こちらとは全く関係のない所でカウンセリングを受けています。カウンセリングは文章でのやり取りです。

カウンセラー氏(以後A氏と表記)とのやり取りの上で、家族との関係について実例ではなく心理学的な見解から述べていた時は同意を得て理解してくれている感じがありました。ただ、実際の例を挙げた所事実とは異なる状況がA氏の中で想像されたようでした。

その時は、当方の伝え方が下手なんだろうと思い「人に伝える練習」だと思って説明をし、状況を理解して頂ける運びとなりました。

実際、プロのカウンセラーならキーワードで理解してくれるだろうとの思い込みがあったため、当方の伝え方が足りなかったようでした。

再度思い返しA氏に説明する事で当方にとっても状況を一度クリアにする事が出来ました。そのようにA氏の思い込みから学ぶところがあるので感謝しており、その事も伝えていました。

期間の経過と共に当方の元々の問題がひと段落しました。

そこから家族との新しい関係の構築が始まったのでA氏とのやり取りは続けていました。やはり思い込みや、文章でのカウンセリング上の問題でしょうか、A氏の発言が時によって大きく異なるな、と感じることがありました。

そのうちA氏自身の話を例として教えて頂いたりしました。

当方が精神的に落ち着き、自分の考えを取り戻すことができた後に、A氏が休みのはずの日に当方が送った文章への返事を送って来ました。

「気になったから」との事でしたが、それが当方にはA氏自身が「課題の分離」が出来ていないよう思えました。

それと同時に少し依存されているのではないかという気持ちが当方に芽生えました。その後、やり取りを続けA氏が他者に依存していると取れる発言がありました。同時にA氏が「他人のため」にカウンセリングをしていると取れる発言もありました。

当方は家族との問題を「自分のため」になんとかしたかったのですが、家族のためではなく「自分のため」だということがA氏に理解して貰えませんでした。

なんとか説明しようとしたのですが、その中でA氏が「他人から何かをして貰った」からそれに感謝し、同様に「他人のため」にやっているのではないかと送りました。

それがA氏の気分を害したのか、通常の心理学的な話の最後に当方の家族が精神的に成長するために○○○を行うのは良いことだ、ただし当方にとっては良い影響ではないこともあるから良くないかも、と書かれていました。

当方にとって家族が精神的に成長した結果、全て自分に都合が良い方向へ転がるとは思っていません。むしろそんなことはないと思うのでそちらに関して当方が思うことを述べました。そのような当然のことをわざわざ文末につけるのは当方への嫌がらせのように感じました。

A氏からは過去に何度か当方を認める発言もあったため、やや依存されているように感じました。当方にとっては、依存してくる人に対応するための練習だと思えますが、カウンセリングとはこのような物なのでしょうか。

ご教示いただきたくお願い申し上げます。

(大地さん)

「自分らしさ」をとことん追求する、ライフワーク研究家サトヒです!

私も、カウンセラーの端くれとして活動する一方で、もちろん自分自身の問題をクリアにする必要があることもあるので、今でもカウンセリングを利用することがあります。

また、カウンセラーとして活動する前は、受ける側として色々な人のセッションを受けた経験もあるので、カウンセリングの「合う・合わない」についても体感してきました。

そうなんです、どうしても人と人の交流がベースになるので、カウンセリングにも相性というものがあります。

それは、最初から合う・合わないがわかることもあるし、受けていくうちに自分の中が整理され、変化していくうちに、合わなくなっていくということもあります。

過去にも、そのようなお悩みに回答したことがあるのですが、最初は良かったものも、長い間受けていくうちに「しっくりこなくなる」ということがあるのも、自然な流れなんじゃないかなぁと思うのです。

なぜなら、相手の存在を判断しているのは、自分のフィルターだからです。フィルターが変われば、受け取り方が変わります。

今までは良かったものが、良くなくなるとか、不満に感じることが増えるとか、目をつぶれていたものが我慢できなくなるといったことは、自然なことだと思うんですよね~。

実は、大地さんとAカウンセラーとの関係の中では、当初から「ん?」と思うようなところがあったのかもしれません。それが、癒されていくうちに顕在化しただけなのかもしれません。

私もメールカウンセリングをお受けすることがありますし、こうしてココロノマルシェでお悩み回答をさせて頂いていますが、やはり「文章」だけのやり取りでは、細かい部分が把握しきれない部分もあるように思います。

特に、メール相談ではそういったすれ違いが起こらないように、細心の注意を払って、細かく状況や心情をお伺いするようにしてはいますが、ココロノマルシェは一回限りの一方通行でのやり取りになるので、もしかしたら、お悩みの本質的な部分を誤解したまま話を続けているようなこともあるかもしれません。

今回も、もし私の認識違いな部分があったら、本当にごめんなさいなのですが。

でも、大地さんはすごいですよね^^

相手のご認識を、ご自分の伝え方の問題と捉えて、改善しようと努力できたり、少しでも相手を理解しようと寄り添ったり。

そうなると、どちらがカウンセラーだか、クライアントだかわからない感じになっちゃいますね。(汗)

そんな素敵なクライアントさんが来てくれたAさんは、とてもラッキーなカウンセラーだと思います^^

とはいえ、カウンセラー側の肩を持つわけではありませんが、カウンセラーも神ではなく、一人の人間である以上、どうしても自分の情報処理の「フィルター」を持っています。

先ほど、こんなことを書きましたが

>なぜなら、相手の存在を判断しているのは、自分のフィルターだからです。フィルターが変われば、受け取り方が変わります。

AさんもAさんで、大地さんの言葉を自分のフィルターに通して理解しているため、そのフィルターが全く違うもの同士、すれ違ってしまうことはあるのだと思います。

だとすると、自分をしっかり理解してもらいたい時にオススメのカウンセラーというのは

① 元々自分に似たフィルターを持っている人
② 自分のフィルターを自覚して距離を置き、なるべく相手のフィルターに寄せてくれる人

ってことになるのかもしれませんね。

②ってすごく難しいことですけど、個人的には、本来カウンセラーはそうあるべきではないかと思っています。じゃないと、押し付けになってしまうからです。

そうは言っても、先ほども書いた通りカウンセラーも神や仏ではないので、相手との関係の中で自分の痛みに触れるようなことがあれば、どうしたって感情的になるし、つい保身的な態度を取ってしまうこともあるのだと思います。

お金を払ってカウンセリングを受けているクライアントからすれば、腹も立つ話ですけどね。。。(その気持ちもよくわかります。)

自分軸でカウンセリングを受けることの大切さ

大地さんはAさんに対して

>「気になったから」との事でしたが、それが当方にはA氏自身が「課題の分離」が出来ていないよう思えました。それと同時に少し依存されているのではないかという気持ちが当方に芽生えました。

と感じられたとのことですが、元々カウンセリングって他者貢献的・慈善事業的な活動に捉えられやすいため、「自分のため」か「相手のため」かという線引きが難しい仕事でもあると思うんですよね。

しかも、その「自分のため」か「相手のため」かというのも難しい問題でして…

すべての「相手のため」や「他人のため」は、掘り下げていけば最終的には「自分のため」に行き着くものだと思うので、それをやたらと「相手のため」だと声高に言おうとする人ほど、私は逆に偽善な雰囲気を感じちゃいますけどね~。(私がひねくれているだけかも…)

「相手のため」とか言いつつ、実は自分の承認欲求を満たしたいだけってことも、よくありますしねえ。

そこは、なかなか区別しにくいものだと思うのです。

大地さんの書いてくださったお話を読んで、Aさんが大地さんに対して依存している状態なのか、私にはよくわからなかったのですが、大地さんが「依存されているような気がする」というのは事実なんですよね。

>A氏からは過去に何度か当方を認める発言もあったため、やや依存されているように感じました。

と書かれているのですが、自分を認めてくれるような発言が、なぜ依存されることにつながるのか私にはうまく理解できなかったのですが(ごめんなさい、私の読解力の問題です!)

もしかしたら、なんとなく機嫌を取ろうと取り繕われているような、ゴマをすられているような、そんな気分になったのかもしれません。

そうすると、「こっちの気を引いて、自分が安心したいだけなんじゃないか」と、依存されているような気持ちになるのかもしれませんね。

そもそもAさんは「他人軸」になりやすかったり、心理的に癒着しやすい一面をお持ちなのかもしれない、とも思います。

カウンセラーになろうとする人って、繊細な人だったり、思いやりが強い人が多かったりするので、そういうタイプはどうしても、自分の考えの軸が「他人」になってしまいやすかったり、相手の状況を過度に心配したり、相手の問題に入り込みすぎてしまったりします。

そういうのを、”心理的な癒着”というのですが、相手の領域に過剰に踏み込んでしまうわけですね。

それを大地さんは、「課題の分離ができていない」と感じられたのかもしれません。

一言で言えば、「余計なお世話」とか「ありがた迷惑」なわけなんですが、相手も良かれと思ってやっているので自覚しにくい分、性質が悪いわけで。

ただ、もし大地さんが今まではそんな風に思わなかったけれど、最近色々問題が解決されていくに連れて、そう感じることが増えてきたのなら

それはもう、そのカウンセラーさんを卒業するタイミングが来ているということなのかもしれませんね~。

自分の考えを主張したくなるくらいに、自分が癒されてきたし、自己肯定感が上がってきたし、自分軸が確立されてきたという証拠だからです。

でも、もしそこで別なカウンセラーを探そうと思うのではなく、相手に対して自分の考えを理解させたい、合わせてもらいたいという期待が出てくるのなら

大地さんにとっては、ちょっと耳が痛い話かもしれませんが、大地さん自身も相手に対して心理的に癒着してしまっている部分があるのかもしれません。

心理的な癒着というのは、「自分は自分、他人は他人」と思えないことです。

それは、自分のことをわかって欲しい、認めて欲しいと、過剰に期待し続けてしまうことでもあります。

大地さんが、ご家族の問題を「自分のため」にどうにかしたいと思っているなら、それでいいと思うのです。

家族が精神的に成長したからといって、全て自分に都合が良い方向へ転がるとは思っていなくとも、それでも何かをしたいと思う気持ちは、それでいいと思うのです。

それが、家族のためであろうと、自分のためであろうと。

それが、大地さんが「自分軸」で考えた、自分なりにできること、したいことなのだから。

それを、カウンセラーがあーだこーだ言う権利はないし、止める力もありません。

大地さんが思う通りに、信じる通りに進んでいいんです。だって大地さんの人生だもの。

その一方で、カウンセラーが「他人のため」に何かをしてしまうのも、ついついクライアントを心配しすぎて口を出しすぎてしまうのも、それはカウンセラーの問題なので、放っておくしかないのですよね。

それが嫌だとか、合わないとか感じるならば、自分の判断で相手から離れてもいいわけですしね^^

でも、どこか大地さんはAさんに対して、「自分の考えをわかって欲しい」「認めて欲しい」と期待する気持ちがあるのではないかな?とご相談内容を読みながら感じていました。

それは、もちろん人間誰しも感じる基礎的な欲求なのですが、ご自身ではあまり認めたくない気持ちなのかもしれません。

一般的に、誰かに対して愚痴を言いたくなる時って、相手が「自分が隠したい自分を見せてくる人」だったり、「自分が持っているタブーを破る人」だったりするのですね。

それを、心理学的に「シャドウ」なんて呼んだりもするのですが、「自分が見たくないものを見せられるから、人は不快になる」ものなのです。

そしてそれは、相手との距離感が近くなればなるほど、見えやすくなるものなのです。

相手の依存的な態度に不快な気持ちになるのは、「依存してはいけない」というルールが自分の中にあるからなのかもしれません。

相手と意見がぶつかってしまうのは、お互いに「相手に理解されたい」「認められたい」という気持ちを持っているからかもしれません。

だとすれば、どう逆立ちしたって相手の考えは変えられないものなので、考え方の違う相手と出会った時こそ自他の分離をしっかり意識して

「自分は自分、他人は他人」

と割りきった上で、自分がどうしたいかを模索することが大事なのかもしれませんね^^

きっと大地さんとAさんとの長い関係の中で、色々なことがあったと思います。情も湧くだろうし、そう簡単には清算できない気持ちがあるのだと思います。

だけど、感謝できることは感謝して、かといって分かり合えない部分が増えてきたなら、潔く手放す決断をするのも、幸せな人間関係においては必要なことなのかもしれません。

>カウンセリングとはこのような物なのでしょうか。

大地さんが、カウンセリングを「どのようなもの」かと思うかは、大地さんが決めていいんだと思います。

Aさんがするカウンセリングだけがカウンセリングの全てではないけれど、大地さんが「カウンセリングって嫌だな」と思えば、それも一つの大地さんの感覚であり、選択だと思いますし。

それでも今後もカウンセリングを受けていきたいと思うなら、今回のAさんとの出来事から「自分はどんなカウンセリングを受けたいのか?」や「自分にはどんなカウンセラーが合うのか?」を明確にして、色々と試しながら自分に合うカウンセラーを探していくのも一つの方法なのではないかな?と思います^^

最初の話に戻りますが、やっぱりカウンセラーとクライアントという関係性であっても、基本は人間関係ですから。

より距離が近い関係性だからこそ、「自分が選ぶ」という意識をしっかりと持つのが大事なんじゃないかと思います^^せっかく、時間をかけて、高くないお金を払っているわけですしね。

大地さんが、自分の「合う・合わない」感覚を大切にして、自分にとって居心地の良い、癒される、元気になれるカウンセリングを受けられることを祈っています!

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