人生は自己責任…他人の問題を他人に返す大切さ【ココロノマルシェ】

ココロノマルシェ

【自覚のない自己犠牲をやめたい】

相手のことが気になりすぎたり、相手の責任をまるで自分の責任のように感じてしまうのは、相手との心理的距離が近すぎるのが原因だったりします。

だけど、相手の問題は、ちゃんと相手に返すことが大切です。

それは、自分の問題の責任をちゃんと自分で取ることでもあるし、自分の人生の責任を、自分で持つことにもつながるのではないかと思うのです。

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ココロノマルシェにご相談頂いた内容に回答しています!

自覚のない自己犠牲をやめたい
コロナの自粛期間中から精神が不安定になってしまいやすくなりました。 その中で職場での特定の人との対人関係に悩むことが2回ほどあり、一度は出勤できない状況にまで陥ってしまいましたがその後周りの上司や仲間からの支えもあってす

コロナの自粛期間中から精神が不安定になってしまいやすくなりました。

その中で職場での特定の人との対人関係に悩むことが2回ほどあり、一度は出勤できない状況にまで陥ってしまいましたが、その後周りの上司や仲間からの支えもあってすぐに復帰できました。

復帰後、悩んでしまった経緯や原因なども冷静に分析はできたのですがそこで自分の自己犠牲的な部分に上司が気付いてくれました。

例えば、誰が見ても絶対にしてはいけないことを繰り返す先輩に対して自分が辞めるか先輩が辞めるかのどっちか、と思ってしまったり

そういうよく分からない人のせいで自分が変わらなきゃいけないのは嫌だ、という感覚も上司から

その人のためじゃなくて自分のためだよ!その人みたいな人が今後来たときに対応できるようになるためだよ!と言われてハッとしました。
ハッとしたけど一生このサイクルな気がします。

もっと色々あったのですが、、
思えば小学5年生くらいからこのサイクルにずっとずっとハマり続けていたような気がします。その度に死にたくなったり、学校会社をお休みしてしまったり、、
高校生の時は不登校になって中退してしまいました。

今はなんとか就職もできて今度昇進するところまで来ているのですが、前向きに生きていきたいのに、このサイクルがまたいつか起きるのではないかとビクビクして生きています。こんな自分をやめたいです。

そもそも自己犠牲的という優しい人間かもわかりません、、ただのお節介だけど自分にとってはやめてほしい、気になって仕方がない、、

自己犠牲のやめ方について検索したらたまたまこのサイトを見つけることができました。すみませんがご教授よろしくお願いします。

(なのかさん)

「自分らしさ」をとことん追求する、ライフワーク研究家サトヒです!

コロナの自粛期間って、なかなか自由に出歩いたり、人に会ったりできないし、TVをつければネガティブキャンペーンの如く、不安を煽るニュースばかりだったり、どうしたってメンタルが不安定になりがちなものだと思います。

きっと、ご自身で「自己犠牲的」と書いていらっしゃる通り、人の気持ちを感じ取りやすく、ついつい相手の立場になって物事を考えすぎてしまったりするタイプなのだと思います。

そうすると、どうしても周りの不安定さに巻き込まれやすいんですよね。自分で感じている以上の、負のエネルギーを引き受けてしまうような。

今は、コロナで社会全体が不安に覆われている状況なので、そういう社会的な不安を感じすぎてしまうこともあるのだと思います。

そういえば、弟子仲間のマミコカウンセラーがステキなリレーブログを立ち上げてくれました!

弟子仲間総勢12名が、それぞれのテーマを(好き勝手に)語っています。

だからなんだという話もあるかもしれませんが(笑)、少しでも誰かの心の慰みになればいいなぁと思いながら書いていますので、もし良ければ、気休め・箸休め的に目を通してみてくださいね^^

相手の問題の責任を感じすぎていませんか?

さて、そもそも「犠牲」が何かということをお話したいと思います。

某大先生の秀逸なブログによれば…

犠牲とは、「怖れや不安を元に人のためにしてあげること」を言います。
言い換えれば「ほんまは嫌やねんけどな。嫌やねんけど、せなヤバいからするねん」ということであり、「ほんまにしたいことちゃうんねんけど、やらんかったらまずいからしてるだけやねん」ということを言います。

とのことなんだそうです。

「自己犠牲」って、相手のために取る行動ということで「愛」と混同されやすいのですが、実際には「怖れ」が元になった行動なんですね。

「○○にならないように、相手のために行動する。」

そんな感じです。

(○○の部分には、自分が抱えている不安が入るので、結果的には自分のための行動でもあります。)

なのかさんのご相談内容から、なのかさんの陥りがちな自己犠牲パターンがどういうものなのか、うまく読み取れなかったのですが(ごめんなさい~)

>誰が見ても絶対にしてはいけないことを繰り返す先輩に対して自分が辞めるか先輩が辞めるかのどっちか、と思ってしまったり

とか

そういうよく分からない人のせいで自分が変わらなきゃいけない

と思ってしまう部分とか

>ただのお節介だけど自分にとってはやめてほしい、気になって仕方がない、、

と感じる部分をどうにかしようと頑張りすぎてしまう部分を指しているのかな、と解釈しました。

つまり、自分には落ち度が無いようなことでも、つい責任を感じすぎて、相手の責任を肩代わりしなくちゃとか、うまく場を治めなければと思ってしまうような部分なのかな、と感じたのですが、いかがでしょうか?

だとすると、もしかしたらその「犠牲」の根っこにあるのは、「他人軸」だったり「癒着」しやすい、人間関係上のパターンなのかもしれません。

相手のことが気になりすぎたり、相手の責任をまるで自分の責任のように感じてしまうのは、相手との心理的距離が近すぎるのが原因だったりします。

つまり、相手と自分の境界線がぼやけてしまっている。うまく線引きができていないんですね。

それはもちろん、なのかさんの思いやりであったり、共感力であったり、責任感であったり、大きな長所であり、武器でもあるのですが、それが過剰になると、自分の事以上に相手の事を考えすぎてしまって、相手に振り回されやすくなってしまうのです。

そんな状態を、私たちは「他人軸」と呼んでいます。

特に、自分の精神状態があまり良くなかったり、自分に自信が持てないような時は、他人の目が気になりやすくもなるので、この「他人軸」状態にハマりやすくなります。

なので、コロナの自粛期間でメンタルが落ちたことも、影響がありそうですよね。

▼「他人軸」になりやすい人にオススメの本。

犠牲の元にある「不安」とは

さて、先ほども書きましたが「犠牲」の元になる考えに

「○○にならないように、相手のために行動する。」

というのがあるわけですが、なのかさんが周りの人の領域に対して、過剰に踏み込んで助けなければと思ってしまったり、責任を取らなければと思ってしまうような時、その背景に「○○にならないように」という不安があるとしたら、それってどういうことなんでしょう?

何を心配して、どうならないように、先回りして自分がどうにか場を治めなければと思うのでしょうか。

その不安は、なのかさんを死にたい気持ちにさせたり、学校に行けなくさせたり、中退させてしまう力があるほど、大きなもののようです。

もし、相手が絶対にするべきではないことをしたら、自分はどうなるのでしょう?

もし、相手が自分が辞めて欲しいと思うことをやり続けたら、自分はどうなるのでしょう?

ここで考えるべきは、相手がどうなるか、ではなく、自分がどうなるか、です。

そこを、ちょっと掘り下げて考えてみて欲しいのですね^^

多分、その不安がなのかさんを過剰に突き動かして、他人軸にさせてしまっているような気がするので。

実は意外と、不安が思ってることって、現実にならないもんです。

心配事の9割は杞憂って言われます。(それでも、不安が強いと残りの1割にすら恐怖を感じてしまうものですが)

何かを心配しすぎて不安になった時って、どうしても感情的になりやすいし、自分の不安に振り回されすぎてしまいがちです。

そんな時、どう自分と向き合うかをまとめた記事があるので、ご参考まで。

▼漠然とした不安に苛まれた時の処方箋。

相手の問題を相手に返す大切さ

自分と他人の境界線がぼやけた時にオススメの定番アファメーションに

「自分は自分。他人は他人。」

というものがあります。

誰かの行動が気になって仕方なかったり、自分がどうにかしなくちゃ!と思うような時は、こっそりこの呪文をつぶやいてみてください。

やっぱり、人生の責任って、その人自身が取る必要があるものだと思います。

それはもちろん、自分自身の人生だってそうですよね。

>誰が見ても絶対にしてはいけないことを繰り返す先輩

がいるのだとしたら、それは「絶対してはいけないこと」を繰り返す先輩の問題であって、なのかさんの問題ではありません。

きっと、その先輩は自分で痛みを感じない限り学習しませんから、痛い目に合うまで同じことを繰り返し続けるだろうし、例えなのかさんが辞めたとしても、その時まで変わらないでしょう。

そんな人の責任を取って、辞めたくない仕事を辞める必要ってあるのでしょうか?

もちろん、「辞めたい」というのが本心であって、何か前向きな理由があるのなら、話は別です。その場合は、さっさと辞めてしまいましょう!(笑)

でも、自分の本心、本音を差し置いて、先回りして誰かの肩代わりをしてしまうのは、逆に自分の人生の責任を放棄することになってしまうような気がするのです。

大事なのは「自分はどうしたいか?」であって、「相手をどうするか?」ではないのです。

上司の方が言ってくれた

>その人のためじゃなくて自分のためだよ!その人みたいな人が今後来たときに対応できるようになるためだよ!

というメッセージ、本当にそうだと思います。素敵な上司ですね~。

相手のために変わるんじゃなくて、自分の捉え方、考え方、行動を変えることで、自分の周りの人間関係は、自然と変わっていくものなんです。

それは、誰よりも自分のためです。自分がもっと自分らしく生きていくためのものです。

まずは、自分と他人の境界線を意識すること。相手は自分ではないと線引きすること。

相手の問題は、ちゃんと相手に返すこと。

それは、自分の問題の責任をちゃんと自分で取ることでもあるし、自分の人生の責任を、自分で持つことにもなるんです^^

なのかさんが、自分の領域と他人の領域をしっかりと区別して、相手の問題は相手にきちんとお返しして、自分を幸せにする選択肢を責任もって選んでいけるようになることを、心から祈っています!

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