私を許せなかった私が、私を愛せるようになるまで【自己肯定への道のり】

自己肯定感と自己受容

愛あるみなさま、こんにちは!

サトヒです。

私の誕生日は2/2なのですが、牛乳の消費期限表示に、自分の誕生日が表示される頃になると、毎年「いよいよか・・・」と感慨深くなります。

しかも今年は、40年目という節目の年!!!

誕生日当日は、以前から泊まってみたかったホテルに泊まる予定を、勝手にぶち込んでいるのですが(楽しみ!)

1週間前から前夜祭ならぬ前週祭として、自分を甘やかしまくって、お金を使いまくってやろうと企んでおります・・・くっくっく・・・。(笑)

さて、私はココロノマルシェやお悩み相談への回答の中で、「ダメな自分を愛する」とか「自分を大切にする」とかいうようなことを、よくオススメしているのですが、これって、

「言うは易し、行うは難し」

の典型だよなぁ・・・と客観的には思うわけです。(苦笑)

だったら、「そんな軽々しく書くんじゃねーよ!」と、チコちゃんばりに激昂する方もたくさんいると思うのですが・・・

私自身、「自分を愛する」ということの言葉の意味がさっぱりわからずに、数々の試行錯誤を繰り広げてきた経験があるので、そう簡単にいかないという気持ちも、すごくよくわかるんですよ・・・。

ちなみに、私にとっての「自分を愛する」という意味は、ざっくり言うと

自分の気持ちを優先し、自分を否定することをやめ、どんな自分も認め、自分がやりたいようにやらせてあげる

ということです。

それは、そんなに難しく考える必要はなくて、食べたいものを食べたい時に食べるとか、嫌なことを断るとか、休みたい時に休むとか、やるべきことをやらないとか、欲しいものを買うとか、日常のささやかなことでいいのです。

でもそれって、自分は頑張らなければ愛されないと思い込み、他人軸全開で、誰かの期待に応えるために全力を出して生きてきたクソ真面目なイイ子ちゃんにとっては、非常に罪悪感を刺激されやすく、苦しい行動なのですよ。

だから、ついつい罪悪感に負けて、どんなに苦しくても慣れ親しんだやり方の方が楽な気がして、いつもの他人軸パターンに戻ってしまいやすいのです。

そんな事情も背景も、よーくわかった上でもなお、私は「自分を愛してください」ということをお伝えしないわけにはいかないのです。

なぜなら、やっぱりそれが基本なんだよねえ・・・と思わざるを得ないからです。

私自身、自分が嫌いで嫌いで仕方ない人生を生きてきて、かなり生き辛い思いをしてきました。

自己否定・自己攻撃は当たり前。

つい最近まで私の中にあった、確固たる自己信念は

「私なんていない方が良かった」

だったものですから、何をしても、何を見ても、全て自分が悪いような、自分のせいで迷惑かけてるような、そんな気がしていたのです。

その度に、「やっぱり私は、いない方がいい人間なんだ」と、自分の思い込みを強化していったのです。

そんな思い込みがあるので、私は自分のやることなすこと全てが許せなかったのです。存在そのものすら。

だけど、自分がそんな思い込みを持っているということに気付くのには、すごく時間がかかりました。

そしてそれは、気付いたからといって、すぐに手放せるようなものではありませんでした。

その思い込みは、「私は愛されていないのでは?」という、幼少期の頃から握り締めた不安と、自分の存在そのものへの猜疑心から生まれていて

元々頑固な性格であるということも相まって(汗)、自分の中の誤解を解くのに、かなりの時間を要したわけです。

でも、どうにか生き辛さを手放したい、もっと自分が願った通りに生きたい、もっと幸せになりたいという気持ちが、私の自己探求の旅の原動力となっていたのです。(粘着質で執念深く、諦めが悪いとも言うが・・・)

私は、人間が生きる意味や、人生の仕組み、世界の成り立ちを知りたいと思っていました。

それを理解しないと、自分の存在に対する否定的な思いに、押しつぶされてしまいそうだったからです。

「いなくてもいい存在の私」が生きるためには、生きていても良いんだと納得するための理由が必要だったのです。

私の自己探求は、「引き寄せの法則」を知ったところから加速しました。

「何やら、自分の人生は、自分が考えた通りになっているらしいぞ」

そんな、魔法のような話を知って、「だったら自分の考えていることをコントロールして、自分が本当に望む人生を引き寄せられる自分になりたい!」と思い始めました。

引き寄せの法則は、私にとって「幸せになるための手段」でした。

だけど、セオリーを学び、それ通りにやってるつもりでも、何も現実が変わらない。

むしろ、どんどん苦しくなる。どんどん自分が嫌になる。

なぜなら、セオリー通りに成功しない自分を、ますます責めるようになっていたからです。(無意識すぎて、なかなか気付けないのですが、きっとそういう人はたくさんいると思います。。)

それでも私は、どうにか「引き寄せの法則」を自分のものにするために、執念深く学び続けました。

自己啓発系に始まり、心理学からスピリチュアル、脳科学から量子力学まで、引き寄せの法則・・・つまり、”思考が現実化する”とか”自分が自分の人生を創っている”的な理論の証拠を集めまくったのです。(さすが、ストレングスファインダー収集心3位!!)

しかし、調べれば調べるほど、「引き寄せの法則」は、別に願いを叶えるための魔法の杖ではないことがわかってきました。

それは、願いを叶えるための手段ではなく、意識しようとしまいと、誰にとっても平等に、既に働いている宇宙の法則のようなものでした。

その、誰にでも等しく働くルールの下で、どうしたら幸せに生きられるのかということを考えた時

「自分を愛することこそが、幸せになるために一番必要なことなんだ。」

ということを、私は理解したのです。

だけどそれは、自分の存在を忌み嫌っていた私にとって、一番難しいことでした。

今の私がしているのと同じように、たくさんの情報が、自分を愛することの重要さを伝えていました。

なによりもまず、”自愛”が大事なんだと。

だけど、自分の存在そのものに対する嫌悪感、罪悪感が強く、とにかく愛されるために”他人軸”全開だった私にとって、「自分を愛する」ということは、とても難しいことだったのです。

自分を愛するためのセオリーをあれこれ試してもなお、なかなか思う通りに変わらない自分を責めてばかりでしたし

冒頭に書いたとおり、「罪悪感に負けて、ついついいつもの他人軸パターンに戻ってしまう」というようなことも繰り返していました。

そもそも「自己否定」も、「自己肯定」も、基本的には思考のクセのようなものなので、自己啓発本などで方法論を学んだ瞬間は、なんだか自分がガラっと変わったような、人生がうまくいくような気になっても、すぐに元の思考に戻ってしまうものです。

長年の経験で染み込んだ思考パターンというのは、一朝一夕で変わるものではないからです。

だから、つい「やっぱり自分はダメなんだ・・・」と、いつもの自己否定パターンに戻ってしまいそうになるのですが

それでも学んだ知識や、試行錯誤の中での体感は、コップに一滴一滴と水が溜まっていくように、大きな螺旋階段を上り続けるように、自分ではうまく気付けないほどのスピードで、少しずつ自分を変えていってくれるものなんですね。

だからこそ、たまには自分の頑張りを振り返り、「自己肯定ベース」で自分の成長分を見つけてあげるのが大切なんだと思います^^

理由は諸説色々あるのですが、私達は自分自身に対するセルフイメージを通して、自分が体験する現実を選んでいるのだと思っています。

自分が考える自分にとってふさわしい経験を、自分で決めて、選び取っているのです。

それが、「自分が自分の現実を創っている」という言葉の意味だと、私は理解しています。

どんな自分も素晴らしい、完璧な存在だと思えば、自分が望む通りの幸せを、自分に与える(与えられた幸せを素直に受け取れるようになる)ことができますし

自分を罪深い、ダメな存在だと思えば、自分が望む幸せを経験することを、自分に許可できません。

そう、自己否定こそが、自分を不幸に導くのです。

逆に言えば、自己肯定し、自分を愛するということこそが、幸せの土台となってくれるんですね^^

そもそも、自己否定的な思考や感情は、自分が地球で生きるために身につけた、幻想のようなものです。それを「エゴの作り出した観念」と言ったりしますね。

そもそも、私たちの存在に価値がないわけがないのです。

なぜなら、スピリチュアル的に言えば、自分の本質は”神”と同じだからです。

自分を否定するということは、全知全能であるはずの「神様」を否定するのと同じなのです。

その「自分には価値がない」という幻想を打ち破って、自分の本質が「神」と同義であるということを思い出して生きることを、「目覚め」と呼ぶそうです。

生きてきた中で、苦しいことや、悲しいことや、心が傷つくような経験を、たくさんしてきたかもしれません。

期待通りに行かなかったり、失敗してしまったり、周りと同じようにできなかったり、誰かを傷つけたような気がすることも、数え切れないほどあったかもしれません。

そんな経験の中で、「自分はダメな人間だ」と自己否定と自己攻撃を繰り返してきたかもしれません。

もっと頑張らなければ、愛される自分にならなければ、認められなければと、今の自分を否定して、自分じゃない誰かになろうと努力し続けてきたかもしれません。

でもね、その「自分はダメだ」という思いそのものが、勘違いだったんです。

何ができなかろうと、何を持っていなかろうと、人と比べてどんなに劣っているように感じようと、それは私達の本質の価値に、何の影響を及ぼすこともできません。

私達は、最初から最後まで、このままで完璧な存在だったのです。

だから安心して、自分を愛して大丈夫なんです^^

人間の脳は、変化を嫌うようにできているし、先ほども書いたとおり、一朝一夕で変わることはないかもしれません。

だけど、ほんの少しずつでも、「自分を愛する」ことを積み重ねていったら、それはいつか、自分の体験する世界を、愛と豊かさに溢れた、幸せなものに変えていってくれるでしょう。

うまくいかなくて、自分を否定することがあってもなお、その自分すら認め、許し、愛してあげてください。

だって

「自己否定はマボロシ~!!」

(IKKOさんの真似をしたおまみーぬカウンセラー風にお読みください)

だからです。

なので、誰にも遠慮することもなく、安心して、堂々と、自分に愛を注ぎ続けてくださいね!

それがいつか、本当の「自分らしさ」を思い出すことにつながっていくはずですから^^

私も、もっともっと自分を愛する40代にしたいと思います!!

ではまた。

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