愛あるみなさま、こんにちは。
今日も今日とて、ブログのリハビリ中です(7日目)
お、一週間!
もはや、何がリハビリで何が本番なのか、自分でも全くわかっておりませんが(笑)
”リハビリ”って言ってた方が気が楽なので、しばしリハビリ継続して参ります。
気付いちゃったよ。こりゃ、あれだね。
セルフ・ハンディキャッピングってやつやね。
「リハビリ」って書いておけば、ハードルが下がって、何書いてもいいやって思えるんだね(笑)
不安を感じやすいからこそ、安心したい
自分のHSP的気質を自覚してからというもの、HSPについての情報収集を続けているのですが
HSPにも色んなタイプがいるみたいなので、一概にこれが「HSP」です!って断言できるようなものじゃないなぁ、とつくづく感じております。
(今のところ、HSP=多感な人という表現がしっくり来てる)
昨日のブログで、HSPは刺激が苦手的なことを書いたけれど、刺激が苦手な割に刺激が好きっていうタイプもいるらしいし(HSS型HSPとか呼ぶらしい)
私が診断をすると、外向的なHSP=HSE(Highly Sensitive Extrovert)なんて結果が出たりするんですが
なんじゃそりゃーーーー!!って感じよ。
内向的なだけがHSPじゃないっていうね。めっちゃわかりにくいな(笑)
▼非HSPも含めて6分類されている…6分類だと…?
でもまぁ、自分をHSPと確定(カテゴライズ)するかどうかは、やっぱり割とどうでもよくて
出てきた結果から自分の傾向を知って、生活に活かすことが何よりも重要よね、というのは私の変わらないスタンスです。
私が自分のHSP的気質を知ったことによる気づきの一番大きいことって
私にとって、何よりも「安心感」が重要なんだってことでした。
そんなこと考えてたら、TVでこんなCMが(笑)
おう、そうよ!よくわかってんね、ドクターシーラボ!
ドクターシーラボって、敏感肌向けの商品なのね。
やっぱり、敏感さが求めるものは安心感なのね!
なんかこういうメッセージがバンバン入ってきて楽しいです、最近。
結局「安心」できていれば、なんでもいいんだよね。(認知の歪み的極論)
何かが欲しい、何かを得たいと思っている物事の根っこの根っこを探っていったら、それって大体「安心感」につながるんじゃない?
不安だからどうにかしなきゃとあれこれ考えるし、何かしなきゃと焦るけど
不安だからブレーキがかかるし、不安だから動けないし、不安だから悶々とするし。
「不安」が自分にとってのダブルバインドになって、がんじがらめになってしまうことがめちゃくちゃ多い。
不安だから何かしなきゃと焦る。
もしくは、何かしないと不安なことが起こると思って悶々とする。
でも、不安だから怖くて動けない。
不安なことが起こると思うから、また不安になる。
なんだ、この地獄のエンドレスループは(笑)
不安が不安を呼ぶ地獄のループ
この地獄のループから脱するための一番の近道は、まず今の状態のままで
”安心感を得ること”
だと思うんですよね。
何よりも先に安心するのが大事なのよね。
安心できれば、自然と動けるようになるし
必要がなければ、動かずにいられるし。
「今」に留まっていられるようになるのですね。
そもそも感情や感覚というのは、何かをするから得られるものじゃないのよね。
「幸せ」もそうだよね。
なんだけど、私たちは何か特定のことでしか、欲しい感情や感覚が得られないと思い込んじゃったりしている。
彼と付き合えないと、幸せにはなれない!
とかは代表例ですよね。
これがないと幸せじゃないっていう思い込みは、自分を不幸にする最もたるものですね。
だって、自分にとっての幸せのルートを超限定してしまうから、人生を高難易度ゲームにしちゃうんですよ。
幸せになれる理由をたくさん見つけた人の方が、楽に簡単に幸せになれるってことでもあるかもしれません^^
話がズレたけど、安心感もそうなのですね。
本当は、不安に思うことが解消されなければ、安心できないわけじゃないのですね。
むしろ、元々漠然とした不安の種が自分の中にあるから、自分の種が育つようなネタを無意識にキャッチしちゃうのですね。
いわば、不安を感じるためのネタはなんでもいいんですよ。
お金がないことでもいいし
彼とうまくいってないことでもいいし
仕事が見つからないことでもいいし
自分が不安になれれば、なんでもいいんです。
それは、引き寄せで言われている「今の意識が拡大する」ってことの原因でもあるのかもしれないですね。
元々自分の中にあるものがアンテナになるから、似たものをどんどんキャッチして、自分の思いを強化していってしまうわけですな。
安心感の中に留まるチャレンジ開始!
なので、不安に引っ張られやすい人ほど、自分の中に安心の種を植えてあげないとあかんわけです。
とにかく、自分の安心感を最優先する。
自分が安心できることなら、全力でなんでもやる。
予測される不安に対して、現実的な対処をしておくのも良いし
(例えば、地震が来るのが不安なんだったら、防災グッズを準備しておくとか、転倒防止グッズを取り付けておくとか)
漠然とした不安感が湧き上がるなら、その不安な気持ちに寄り添ってあげるのが大事。
不安に寄り添うって、どうやるの?って感じですが
単純に、自分が安心できる言葉を自分にかけてあげるだけです。
「大丈夫だよ、そのままでいいよ、どうにかなるよ、見守っているよ」
なんでもいいです、自分の心が今より1㎜でもホッとできるならば。
自分にしっくりくる言葉って、人によって違うと思うので
自分の感覚に意識を向けて(その辺は、HSP的傾向が強い人は本来得意なはず)
自分にとっての「しっくり」を探してあげましょう。
昔流行ったホ・オポノポノっていうワイハの呪文(言い方)みたいなのがありますけど
あれも、自分を安心させてあげるためのツールの一つなのかもしれないなと思いました^^
なので、自分にしっくりくる「安心ワード」が思いつかない人は
ありがとう
ごめんなさい
ゆるしてください
愛しています
的な言葉を伝えるだけでも十分かと思います。
個人的には、やっぱり「ありがとう」は最強ワードな気がするんだよな。
自分の身体に触れながら、ありがとねー、ありがとねーって言ってるだけで、泣けてきたりしますもん。
この時に湧き上がる感覚こそが、「安心感」なんじゃないかなと思うんですよね。
その安心感の中に、いかに留まっていられるか?が結構重要だと思っていて。
”ゆるむと周波数が上がる”って話も、「安心感」がいかに重要かって話につながっている気がしますね。
話がスピっちゃいますけど、結局、私たちの本質が「愛」だとして
大元の意識でもある「神」=「愛」とつながっている状態って、絶対的な安心感を感じると思うんですよね。
となると、愛=安心感と言っても過言ではないかもしれない。
守られてる感覚
愛されている感覚
わかってもらえる感覚
許された感覚
そういうのって全部、安心できるじゃないですか。
なんか、肩の力が抜けてホッとするじゃないですか。
あぁ、私はこれでいいんだなって。
大丈夫なんだなって。
その感覚の中に長く留まっていられればいられるだけ、神的な意識に近づいていられる。
神的な意識というのは、周波数業界の総本山みたいなものだと思うので(笑)
ゆるむ(=安心する)と周波数が上がるって言われる所以なのではないかと。
そんでもって「神」と呼ばれるものは創造の源のエネルギーなので、そこに近づく=思ったことが現実化しやすくなるっていう理屈かなと。
こうやって、一つの話からぐだぐだと余談が展開されるのも、HSP的気質の特徴な気がしている昨今…。
ということで、しばし「安心感」チャレンジとして、いかに自分を安心領域に留まらせていられるかにトライしてみたいと思っております。
まぁ、最近コントロール欲求があまりなくなったことで、安心感マシマシ(当社比)にはなってるんですけど
もっともっと自分を安心させてあげたら、どんなことが起こるのか楽しみにしてみます♡
「爪先立ちの怖がり族」ないし「ベツレヘム国民」な皆様も、ぜひ「安心感」を意識してみてくださいねん♡
ではまた!
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