明けまして、2020年

日常

愛あるみなさま、こんにちは!

サトヒです。

年が明けましたね~、明けましたね。今年もどうぞよろしくお願いします!

私は、年末30日からずっと実家に帰っておりまして、廃人化しておりました。今日、ようやく家に戻ってきて、日常を取り戻しつつあります。

実家では、炊事洗濯子守の一切をジジババに全て任せ、ワードプレスの設定をいじったり、本を読んだり、プロフィール画像用のドット絵を作ったり(笑)、好き放題させてもらいましたわ~!!

↓意外と好評だった、ドラクエ好き賢者見習いサトヒの図(レベルぎりぎり39)

不良母、2020年も順調です!!

実家からの収穫は…

そうそう、先日のビジネス合宿で、お師匠様より

「文章力強化には小説を読むべし」

との助言を頂き、せっせと小説を読み始めています。こういうとこマジメなのよねぇ~。

私は、本好きではあるのですが、随分昔に多感な時期を過ぎてしまい、ついつい実用書ばかり手に取ってしまいます。自己啓発本とか、自己啓発本とか、自己啓発本とか。

村上春樹好きを公言しているつもりですが、その割には小説はめっきり読んでおらず。(多分、海辺のカフカ以降、長編小説には手を出していない。)

なので、こちらを読み始めてみました!

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)
作家デビュー40周年 村上ワールドの新たな結晶! 物語の魔術師、村上春樹のすべてがここに―― 一枚の絵が、秘密の扉を開ける……妻と別離し、傷心のまま、海を望む小暗い森の山荘に暮らす孤独な36歳の画家。ある日、緑濃い谷の向こうから謎めいた銀髪の隣人が現れ、主人公に奇妙な事が起き始める。雑木林の古い石室、不思議な鈴、屋根裏...

まだ全然読み始めてないから、ストーリーが全く想像もつかないのですが、超久々の村上節、これから読むのが楽しみ。(注:基本的に、なんでもネタバレを見てから読むのがサトヒ流です。刺激が苦手なので、推理小説もオチを知った上で、安心して読むのが好きです。)

そんな流れで、実家にある多感な頃に買った村上氏の本を持って帰ることにしました。

これまで読んだ村上氏の本で、一番好きな本がここにも映っている「国境の南、太陽の西」でして

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)
今の僕という存在に何らかの意味を見いだそうとするなら、僕は力の及ぶかぎりその作業を続けていかなくてはならないだろう――たぶん。「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて――。日常に潜む不安をみずみずしく描く話題作、待望の文庫化。

これと「ノルウェイの森」だけ手元に残しています。
どちらも暗く切ない、いびつな愛の物語です。(だと思ってる。)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
限りない喪失と再生を描く究極の恋愛小説! 暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小...
ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
激しくて、物静かで哀しい、100パーセントの恋愛小説! あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと――。あたらしい僕の大学生活はこうしてはじまった。自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつない...

後は、村上氏の相談本。トリッキーでウィットに富む回答が、カウンセラーとして憧れの的です。これを読んで、ココロノマルシェの回答に磨きをかけます!(笑)

今年の目標を発表します!

さて、年始一発目ということで、今年の目標などを書いてみようかと思ったのですが、そもそも今年の目標が

「目標を持たないこと」

だったりするサトヒです。なんのこっちゃ。

先日の「気付き」以降…

もう、自分の人生や自分自身をコントロールしようとするのは嫌だな、と思って。

頑張るとか、努力するとかに、魅力を感じなくなってしまったのです。

それよりも

「受け入れる、流される、抵抗を手放す」

一年にしたいんですよね。

脱力すること、自然体でいる事、抵抗しないこと、踏ん張らないこと、制限しないこと。

今までの私の常識は、「頑張らなければ成功できない」でした。

「今自分に無いものを、頑張って手に入れることこそが、生きる喜び」とも言えるかもしれません。

でも、なんか、もうそういうんじゃないんだよな、って感じるのです。

そういう生き方は、もうおしまい。そんな感じがするのです。

2020年は、スピリチュアル界隈では”目醒めの年”なんて風にも言われています。所説ありますが、アセンション最終章みたいなね。

目醒めだの覚醒だの言うけど、それって一体なんなのよ!?って感じですけど

私なりの解釈としては、「目を醒まして生きる」ということは、「今自分が自分だと思っている自分が全てではなく、もっと大きな自分の一部だと気付き、その大いなる自分と一体である自分自身の素晴らしさを知り、自らが創り出した流れに、安心して身を任せて生きる」ことなんじゃないかな、って思うんです。

エゴとしての自分の思考や感情が、いくら目の前の現実をジャッジしようとも、それは魂としての自分の成長と拡大のために必要だから起こっている(大いなる自分が起こしている)こと。

本来、目の前に広がるのは、全て完璧で、調和のとれた世界であり、それをどう見ているかの「個」としての自分によって、見え方が変わっているだけ。ただしそれは、思考で理解しようとしてもできない領域の話。

これは、いつしかHappyちゃんが何かで紹介したエイブラハムの動画らしいのですが、言葉にできないほど素晴らしいので、貼っておきます。(音が出ますので、ご注意を)

”もう「なりたい自分」と「今の自分」の違いをあら探ししません。”

という部分。

今、この瞬間の自分を好きになることが、自分らしく生きるための出発点。

自分自身の人生を、自分の手で創造していく出発点なのです。

さて、2020年をどういう年にしましょうか?

幸せも不幸せも、あなたの心次第。(都市伝説風に)

どうぞ、自分らしい一年をクリエイトしてくださいませ!もちろん、私も!

ではまた。

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