他人との比較と競争で落ち込む時に見直すべきこと:あなたの価値は、誰にも脅かすことはできない【ココロノマルシェ】

ココロノマルシェ

【好きでもあり嫌いでもある友人とどう接したらいいでしょうか】

「好きでもあり、嫌いでもある」という心理状態を「アンビバレンス」と呼ぶのですが、それは感じていることと考えていることがバラバラな時に陥りやすい状況です。

どんなに感じたくないようなネガティブな感情でも、大事な感情の一つですし、感情は感じ切らないと消えない性質があるので、まずは自分の素直な気持ちに寄り添ってあげて欲しいのです。

そして、「嫉妬」という感情が伝えてくれる本当の自分の価値を、今一度見直し、受け取るタイミングなのかもしれません^^

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ココロノマルシェにご相談頂いた内容に回答しています!

好きでもあり嫌いでもある友人とどう接したらいいでしょうか。
こんにちは。 現在大学院生なのですが、同じ学科に、客観的に見ても明らかに良い人で、私にも常に優しく接してくれるのに、やり取りしているとどうしてもイライラしたりネガティブな感情を抱いてしまう同性の友人がいます。 他の人だっ

こんにちは。

現在大学院生なのですが、同じ学科に、客観的に見ても明らかに良い人で、私にも常に優しく接してくれるのに、やり取りしているとどうしてもイライラしたりネガティブな感情を抱いてしまう同性の友人がいます。

他の人だったら全く気にならないような言動でも、その人が取ると不快に感じることがあります。

雑談はよくしますし、二人で食事することもあり、そういう時は普通に楽しめて友人として好きだと感じるのですが、学業面でその人と一緒に物事を進めたりするときなどは、その人の粗さがしをしてはイライラしてしまいます。

相手はいい人なのにこのような負の感情を感じてしまう自分が嫌になります。

そして、この負の感情というのも、ただちょっとムカつくという程度ではなく、不安に近いような、何だか自分の根幹が揺らぐような(?)深いネガティブさです(うまく説明できません)。

今の私にとっては学業を良い成績で収めることが大切であること、そして同じ学科の学生の中でもその人の経歴などが私とよく似ていることから、競争心を感じていて、その人が自分よりも優れていると認めたくない、という感情があるような気がします。私にないものをその人は持っていて、それを妬んでいるように感じることもあります。

なぜ一人の人に対して、しかもこの人に対してだけ、場合によって好きだったり嫌いだったり両極端の感情を感じるのでしょうか(これまでは好きな人は好き、嫌いな人は嫌いではっきり分かれていました)。この感情は私に何を教えてくれているのでしょうか。

同じ学科なので完全に避けることは難しいですし、いい友人なのでできれば気持ちよくいい関係を築いていきたいです。

どのように負の感情を処理したらいいでしょうか?
分かりづらい文章で恐縮ですが、何かアドバイス頂ければ幸いです。

(かりんさん)

愛と理屈であなたの心を解きほぐす、ライフワーク研究家サトヒです!

現在、かりんさんは大学院生とのことですので、ストレートで行ったとすると20代前半くらいでしょうか?

20代…色々ありますよねぇ…。(意味深な遠い目)

今まで感じた事のないこんなのハ・ジ・メ・テな感情だったり、白黒甲乙つけがたい微妙な感情だったり、どっちつかずで揺れ動く感情だったり。

自分の中で、一言では言い表せないような、複雑な感情が増えてきたというのは、世の中の道理について、自分なりの学びが深まってきたからこその感覚なのではないかな?と思うのです。

それって、精神的に成熟してきた証なんじゃないかな、と。つまり、成長の証でもあるので、誇らしいことだと思うんですね^^

とはいえ人間誰しも、なるべくなら自分の良い面だけを見て生きていきたいと思うものだとも思うので、ネガティブな感情を感じるのは気持ち良いこととは言いにくいですよね~。

だけど、かりんさんはそんな自分の気持ちを敏感に感じ取って、負の感情を相手に直接ぶつけるわけではなく、自分の中で向き合って消化したいと考えていらっしゃるわけですから、それって本当に素晴らしいことだと感じます^^

ということで、今かりんさんが感じていらっしゃる感情が一体何なのか、一緒に考えていきましょう~。

両面感情:アンビバレンス

まず、大前提として

>同じ学科なので完全に避けることは難しいですし、いい友人なのでできれば気持ちよくいい関係を築いていきたいです。

とのことですので、きっとその友人の事を、嫌いたくない、むしろ好きでいたい、という気持ちが強いからこそ悶々としてしまうのだと思うのですね。

それはつまり、かりんさんは人のいいところに目を向けられる人だし、他人思いで愛情深い、心優しい方だということを表しているのだと、私は感じます^^

で、

>なぜ一人の人に対して、しかもこの人に対してだけ、場合によって好きだったり嫌いだったり両極端の感情を感じるのでしょうか

と書かれていらっしゃいますが、実は心理学用語にピッタリな言葉があるのです。

それは

「アンビバレンス」

と言って、二つの相反する感情が同時に存在する状態のことを指す言葉です。(形容詞として使う場合はアンビバレント)

今のかりんさんのように、「好きだけど嫌い」みたいな気持ちだったり、他にも「欲しいけど欲しくない」とか、「辞めたいけど辞められない」とか、どっちつかずな心理状態を、そんな言葉で示すみたいです。

一言で言えば、自分の中に、ポジティブとネガティブが混在するような感覚ですね。

うーん、マンダム。武闘派としては、想像するだけでも気持ちが悪い状態ですな。(苦笑)

だけど、心理学用語として確立しているということは、そういう状態は人間としては、割と普遍的な感覚なのかもしれません。

ということで、ご唱和ください。

にんげんだもの by みつを

感情を抑圧すると、悶々とするのがセオリー

さて、そんなアンビバレントな状態がどうして起こるのか、ということを私なりに考えてみると、思考と感情がバラバラな時に起こりやすいのではないかな?と思うのです。

自分にとっての正解というのは、実は感じている方にあると思うのですが、なかなかその感じている気持ちに正直になれないような時に、すべき・すべきでない理由を思考的に考えることでハマりがちな状態のように思います。

それは、感じていることを認めたくない、認めると不都合があるような場合です。

今回、かりんさんが感じている気持ちを抜粋してみると

・やり取りしているとどうしてもイライラしたりネガティブな感情を抱いてしまう

・その人の粗さがしをしてはイライラしてしまいます。

・このような負の感情を感じてしまう自分が嫌になります。

・この負の感情というのも、ただちょっとムカつくという程度ではなく、不安に近いような、何だか自分の根幹が揺らぐような(?)深いネガティブさ

・競争心を感じていて、その人が自分よりも優れていると認めたくない、という感情

・私にないものをその人は持っていて、それを妬んでいるように感じる

かりんさんはその友人と自分を比べて、競争心や劣等感を感じているのですね。

そして、それらの感情をネガティブなものと感じて、その感情を感じている自分自身を否定しているという面もありそうです。

競争心や劣等感というのは、他者に向けられると「嫉妬」という感情にもなるので、とにかく不快な感情です。

自分の無価値感を刺激されますし、それを感じさせる相手に対して嫌な気持ちを感じます。

だから、その気持ち自体を隠したくなります。感じていないフリをしたくなるんですね。

また、かりんさんは友人に対して「いい人」と感じていることもあり、ネガティブな感情を相手に向けることに罪悪感も感じているのかもしれません。

そうすると、他人に向いていたベクトルが、今度は自分に向き始めます。

そもそも、こんな気持ちを感じる自分がダメなんじゃないか、とか、いい人なのにイライラする自分は悪い人間だとか、手を変え品を変え、自分を否定し始めるのです。

その結果、「私はこんな感情を感じるべきではない」と自分の素直な気持ちに蓋をして、押し込めて(抑圧)しまうようになります。

しかし、感情というのは認めて感じ切らないと消えない性質があるので、抑圧された感情はいくら見ないようにしても、常にそこにあり続けます。

なので、その感情を思い起こさせるきっかけになる相手と近づくことが、とてもしんどくなるのです。

相手の良いところを知っている分、いい関係でいたい、好きでいたいと思うにも関わらず、相手といることで、自分の隠したい嫉妬心や無価値感を感じてしまうため、相手に対して嫌な気持ちになってしまう。

そして、そんな気持ちを感じる自分を否定して、ますます心が苦しくなる。

というのが、今のかりんさんの中で起きている悶々とした感覚の正体なのではないかなぁ、と思うのですがいかがでしょうか?

だとすると、まずは自分が感じている気持ちを、そのままそっくり認めてあげるのが大切かもしれません。

どんなにいい人だとわかっていても、イライラするもんはイライラするんじゃー!

妬み嫉みが湧き上がるんじゃー!

絶対、負けたくないんじゃー!

自分より優れている奴なんて、一切合切認めたくないんじゃー!

私の価値を脅かすような者など、再び生き返らぬよう、はらわたを喰らいつくしてくれるわ!!

と、なかなか大げさに書かせて頂きましたが(最後はドラクエ風)、ネガティブな感情だって大事な感情の一つですから。

感じちゃうものは仕方ないのです。

その気持ちを、まずは自分でしっかり受け止めてあげると、それだけでもいくらか楽になると思いますよ^^

▼そんな、なかなか言えない本音を言えちゃう会があるそうですよ!(ステマ)

同志か、はたまたライバルか

そもそも「嫉妬」というのは、同じ土俵の人にしか感じない感情なのです。

プロレスラーは力士に嫉妬しないだろうし、バスケット選手は野球選手に嫉妬しないだろうし、パイロットはF1ドライバーに嫉妬しないでしょう。(あくまで”競技”という土俵の上で、ということですが)

テストで最下位の人が、一位の人に嫉妬するというのも、なかなかあり得ません。

あくまで一位の人に嫉妬するのは二位の人、最低でも十位以内に入れる人ではないでしょうか?

つまり、そのポジションに自分もなれる!と思える相手にしか嫉妬心って湧かないのです。

また、似た部分が多い人ほど、小さな差異が目立ちますし、そこに競争意識を感じたりします。

最下位の人から見れば、一位も二位も大して差がないように思いますが、当人たちにとっては一位と二位では、全く違うはずです。

なので、きっとかりんさんにとって、同じような経歴を持った友人の方は、ライバルにも良き同志にも、どっちにもなり得る存在なのだと思います。

ただ、良き同志になるためには大事な条件があって、それは

「自分の価値を自分で認めていること」

なんですね。

似たもの同士だからこそ、自分の価値を認めていないと、相手の価値は認められません。

また

「自分は自分、相手は相手」

と、どんなに似た相手であっても、自分と相手の状況(求めるものだったり、価値観だったり)は違うと線引きできる冷静さも必要かもしれません。

つまり、いつもの「自己肯定感」と「自分軸」って話になってしまいますなぁ。(汗)

▼シリーズもののはずなのに更新が止まっている私をお許しください

「嫉妬」が教えてくれること

心理学には、超絶便利な「投影」という言葉がありまして。

「自分に見える世界は、自分の内側を映し出したものである」という言葉で、逆に言えば、自分に中にないものは、外側に見えないということを意味します。

なので、かりんさんは

>私にないものをその人は持っていて

と書いていますが、相手の中に見えている時点で、それはかりんさんの中にもあるということなのですね。素直に受け取れないかもしれませんが。

なので、友人の何が優れていると感じるのか、競争心や妬みを感じる部分は何なのか、というところを、今一度考えてみて欲しいのです。

そして、それがないと感じて不安になっている自分に気付いてあげてください。

かりんさんが感じる負の感情は、「何だか自分の根幹が揺らぐような(?)深いネガティブさ」ということなので、きっと自分の存在意義や存在価値が脅かされるような、強い恐怖や不安を感じているのだと思います。

まずは、その気持ちに寄り添って、「完璧じゃなくても愛されていいんだよ」と伝えてあげて欲しいのです。

勉強ができる自分でなければ認められない

優れている自分でなければ愛されない

結果を出さなければ許されない

もし、そんな思い込みがあるのなら、「そうじゃない自分でも大丈夫だよ」と打ち消してあげて欲しいのです。

>この感情は私に何を教えてくれているのでしょうか。

我らがおシショー様は、「嫉妬」は本当の自分を教えてくれる羅針盤、とおっしゃられております。

▼説明は他力本願が基本

だから、嫉妬を覚えたときは
・今できることにもっとベストを尽くせってことだよな。
・そっか、自分はこの人に興味を持ち、憧れ、尊敬しているんだ。
・(その嫉妬の対象に)興味があるんだな。そっちに行きたいってことなんだな。
・よし、そのために今できることをしよう。
・その人を目標にしよう。
などの行動に出るのが素敵な心がけと言えます。

ぬおおおおおおお…!!

サラっと、拷問のような事をおっしゃる某ドSシショー。(笑)

しかしこれこそが、かりんさんの感じた負の感情が伝えてくれているメッセージなのではないかな?と思うのです。

無価値感は人生で最大の勘違い

にんげんだもの、私たちはついつい誰かと競争したり、比較したりして、相手の中に自分にないものを見つけては劣等感を感じてしまうものです。

そして、他人をうらやんだり、妬んだり、はたまた自己嫌悪に陥ったりして落ち込んだりもします。

そういう時、私たちが感じているのは、強烈な「無価値感」なのです。

他の人はとても素晴らしい存在に見えるのに、それに比べて自分はとてもちっぽけな存在なような、何も持っていないような、空っぽのような、自分という存在に意味も価値もないように感じてしまう、そんな苦しい気持ちです。

だけど私は、「無価値感」というのは心の古傷が見せる幻想のようなものだと思っているんですね^^

価値がないという感覚自体が、勘違いであり、ウソであり、まやかしなのです。

本当は、私たちは私たちであること自体に意味も価値も十分にある。なかなか自分ではそうは思えないかもしれないけど、実はそういう風にできているらしいのです。

私たちが他人と自分を比べる本当の意義は、他人との違いから、自分という存在の形を浮かび上がらせるためです。

他人との違いの中にこそ、自分らしさという個性がある、ということですね^^

他人の中にうらやましいものが見えれば見えるほど、ついつい私たちはそれと自分を比較して、足りない部分を自己攻撃しがちですが

先ほどの「投影」の仕組み上、自分にないものは見えないんです。

そして、自分のことは自分が一番よく見えません。

だから、他人の中に見える「素敵だな、うらやましいな」と思う部分は自分にもあるし、逆に相手に無くて、自分にあるものもいっぱいあるはずなのです。

つまり…

もっと目ぇ見開いて、自分の良いところを見やがれ!

自分の価値をガッツリ認めやがれ!!

自分の存在がどれほど素晴らしいか、受け取りやがれ!!!

べらんめぇ!!

というのが、「負の感情」が伝えたい一番のメッセージなのだと思いますよ^^(なぜか江戸っ子風)

かりんさんが、これまでの人生で手に入れてきたものや、頑張って身に付けてきたことは、決して誰からも脅かされることはありません。

どんなに似た経歴や考え方の人が現れたとしても、決して同じではないし、かりんさんがかりんさんだからこそ得られた経験ばかりです。

そして、それらを得るために、どれだけ頑張ってきたかを一番知っているのはかりんさんだと思うんです^^

どうぞ

「よく頑張ってるなぁ、私!ほんとサイコーだわ!!」

と、自分に伝えてあげてください。

そして、ご自分の生き様と努力と存在そのものの素晴らしさに自信を持って、自分の夢に向かって邁進して頂ければなぁと思います^^

かりんさんが、誰とも比べられない、誰にも脅かされることのない自分らしさの価値に自信を持って、のびのびと個性と才能を発揮しながら、学校生活を満喫できることを心から祈っています!

*現在あれこれサービス停止中です。再開をお楽しみに!

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