ダサさコンプレックスと学生時代のヒエラルキーと私。【試行錯誤の末に行き着くのは、「これが私だからしょーがない」】

自分らしさ

愛あるみなさま、こんにちは。

サトヒです~。

ワタクシ、12月26日にこちらのイベントで仕事納めをしまして、現在娘氏の冬休みに合わせて、無我の修行中でございます。チーン。

イベントの方はというと、我らがおシショー様のイベントと同日ほぼ同時刻の開催となり、意図せずシショーへの宣戦布告となる事態になったのですが…

結果としては、超少人数でアットホームな開催となりました。(笑)

予定では100名様の満員御礼の予定だったのだけど…、楽しかったから、まぁいいか。

少人数なら少人数ならではのメリットがあって、ご参加くださった方が常連さんだったということもあり、参加者の皆様ととても近い距離で、和気あいあいとした温かい雰囲気での開催となりました。

初挑戦の「ミニミニ講座」も、15分という短い時間ながら、大事なことをぎゅっと詰め込んだ話ができたと、共催の3人共々自画自賛しております^^

ちなみに、私の担当は「無価値感」だったのですが、人間誰しも持っているであろうその感覚を「妖怪ムカチカーン」と名付け、都合の悪いことは全部

妖怪のせいなのね そうなのね!!

として頂くことをご提案させて頂きました。

▼妖怪っていうよりは小悪魔だな

そして、あまりにも脳内妖怪ムカチカーンが騒がしくて眠れない時は、高らかに三々七拍子を打って頂くことも提案させて頂きました。(なんのこっちゃや)

▼大体の問題は「脳内ギャル」が解決してくれるというおまみーぬの教えに則り、ギャルポーズ?での締め。

根深いコンプレックスの謎がついに解けた話

相も変わらず長い前置きでしたが、ここからが本題。

ちなみに今日のタイトルは、もちのろんげで「部屋とYシャツと私」に影響を受けております。(”ポケベルが鳴らなくて”並みに古い)

前から書こうと思ってた、私の根深い「ダサさコンプレックス」の謎(?)が、先日開催された内輪向けのカウンセリング勉強会でよーーーーくわかったので、その話に絡めてネタにしようと思い立ちました。

私の気づきのキッカケとなったセッションを受けたのは、我らがイサコカウンセラー。

「パートナーができへんねん」

という相談から、学生時代の話にまで遡り。

本人がブログで書いているから守秘義務も無いと思うので(笑)、ざっくり結論を言うと

「学生時代のヒエラルキー的立ち位置から得たセルフイメージを、今でも握りしめている」

というのが、婚活を進める上でのブロックになっている、というお話。

育った家庭環境がその後の生き方にすごく影響を与える(自己肯定感の高低に影響する)というのは、よく知られた話だと思うのですが

それと同じくらい、思春期の経験というのも後を引く話なんですね~。

「記憶」と「感情」って、強く結びつく性質があるので、感情が動く経験って記憶に残りやすいものなのですが(逆に、記憶に残したいものは感情が動く経験をセットにすると忘れにくい、とも言えます。マメ知識。)

そもそも思春期という時期が、猛烈に多感な(感じやすい)時期なのだから、そこでの経験が後々まで記憶の片隅に残り、その後の行動に多大な影響を与えるというのも頷ける話です。

だから、思春期にいじめを受けた経験などがあると、セルフイメージは駄々下がり、自己肯定感が地に落ち続けるというのも当然の話なわけなんですよね。

で、癒されたイサコの婚活の話は、今後のブログを楽しみにして頂くとして

私の「ダサさコンプレックス」に話を戻すと、私の「自分ダサい」のイメージって、やっぱり思春期から来てるんですよね。

今でこそ、ダサいくせに洋服が好きで、家計簿アプリの今年の服飾費の総額に度肝を抜かれた私なのですが

元々、中学生までファッションには全く興味がなく、ゲームや漫画の方が大好きなオタク気質で、今で言う”ラノベ”を読んで、鼻息を荒くしたりしていたわけです。

周りのオマセな友人に影響を受けて、洋服を一緒に買いに行ったりしたこともあったかもしれないけど、何がオシャレで、何がイケてないのか、よくわかってませんでした。(今もだけど)

そんな私なので、高校入学を機にカバンが自由になって、意気揚々と通学用に新しいカバンを買いに行ったのですが、選んだのが「KANGOLの3wayバッグ」ですよ。

3wayっていうのは、リュック・肩掛け・手持ちの3パターンで使える超便利で超イケてる形ってことです!(笑)

その当時の私には、これしかない!と思ったんですよね~。

…なんだけど、実際入学してみると、あらやだ、みんなオシャレさん。

当時のイケてる(ように見えた)女子たちが選んでいたのは、後のDragon Ashご用達ブランドではなく、大人の女子っぽいブランドバッグだったのです。

それを見て、なんだか自分が恥ずかしくなって、3wayバッグは3ヶ月でお蔵入りになったのでした。(買ってくれたオトンとオカン、当時はごめん)

そして、高校生ともなると、お休みの日にお友達と出かける機会も増えてくるわけですが、その度に自分のダサさを痛感する日々…。

思い返すと、やたらとオシャレな人が周りに多かったんだよなぁ。いや、元々私にコンプレックスがあったからこそ、目に付いただけだったのか。

そこから、私は自分のコンプレックスを払拭すべく、並々ならぬオシャレへの探求心が暴走し、高校生の頃は流行りに乗って全然聞かないのにパンクっぽい恰好したり、まぁ、わけわかんない感じになっていましたね。

で、学生時代のヒエラルキーが後に影響するという話で言うと、私の中には、謎の

「どんなに頑張っても、中の上が限界」

というめちゃくちゃ強い思い込みがあります。

思い返せば、選んだ高校も大学もそんな感じ。

「悪くはないけど、そこまで良くも無い」というポジションを、永遠に彷徨っている感じがあるんですよねぇ。

それはもっと幼少期の影響かもしれないのですが、私は2月生まれで早生まれなんですが、小学校の頃からずっと仲の良かった友人が5月生まれで、背も高いし、運動能力も学力も高い、優秀な子だったんです。

家が近いから、習い事も一緒に通っていたのですが、いつでもその子は私の一歩前にいて、なんでも上手にできるんです。

大好きだったお絵描きも、その子の方が上手。

一緒に通っていたピアノもそろばんも、その子の方がどんどん上手になっていく。

だから、常に私はその子の背中を追いかけている感じがあったんですよね。

そのイメージが今でも私の心にあって、私には永遠に飛び越えることができない壁がある感じが抜けないのかもしれません。

だから、常に「自分なんて、まだまだですから…」という感覚が拭えず、人からの評価を受け取れないなんてことにもつながっている気がしたのでした。

どこまで行っても、行き着くのは「これが自分」

我らがおシショー様が言うには、思春期のセルフイメージというのは男性の方が引きずりやすいらしいのですが(女性は、メイクやファッションなどで挽回の余地があるため、だそう)

やっぱり根深い思い込みというのは、男女問わずその後の努力だけでは覆しきれないものがあるなぁとも思います。

ただ、私は未だに「自分ダサい」という思い込みとコンプレックスはあるので、イケてるものを身に付けて自分のダサさを隠したい気持ちは山々ですが

だからといって、自分が好きじゃないものを身に付けてまで、自分をよく見せようと思わないでいられるのは

「まぁ、しょうがないよね。ダサいのが私だし。」

と思えている部分があるからなのかな、とも思いました。良い意味での諦めというか。

「どんなに頑張っても自分はまだまだ」

って思っちゃうのも、もうどうしようもなくしつこく根深いので、私が一流になれる日は一生こないでしょう。(笑)

もちろん、コンプレックスや自信の無さをどうにかしようとして、あれやこれやと試行錯誤してきたことは、絶対に無駄じゃないし

体当たりでチャレンジしてきたからこそできるようになったことだったり、見えてきた自分だったり、身に付いた知識や経験があるわけなので、それはそれでもっと誇っていいと思うんです。

よく頑張ってきたね、こんなに成長できたねって。

だけど、その努力をいつまで続けるのか?というのが、実は結構重要なテーマだと思っているのですが、辞め時が難しいんですよね。

だって、「まだまだ自分は行けるはず」って思いたいものだし、それまで頑張ってきた分諦めたくない気持ちも出てくるじゃないですか。

でも、その努力が「しんどい・辛い・苦しい」の三重苦を生み出しているのなら、それはそろそろ

う・ち・ど・め

でいいんじゃないかなって思うのです。

つまり、いつだって大事なことは自分の感情が教えてくれているのですね。

努力がしんどくなってきたならば、そろそろ足りない部分を埋めることに力を尽くすよりも、自然体の凸凹をそのまま「自分らしさ」として受け入れてみるのが良いと思うのです。

「だって、これが私なんだからしょーがないよね!」

それはある意味、自分に対して白旗を上げることでもあるし、ある意味負けを認めることにもなるけれど

結局のところ、ありのままの自分をそのままで愛して(許して)しまった方が、手に入れようと頑張ってきたはずの幸せが手に入っちゃうものなんですよね。(というか、実は既に手元にあったことに気付くという、「青い鳥」話だったりします。)

過去の経験からのセルフイメージは根深いし、変えようとしてもなかなか変えられないものだけど、その自分を許し、受け入れることができれば、それなりに共存できる気がするのです。

私の場合で言えば、ダサい私をどうにかして

「イケてる自分」

にならなくたって

「ダサい自分ばっち来ーーーい!!」

にできたら、そのままで十分幸せに生きていけるよね、ってことですな。

そもそも、”イケてる自分”ってなんやねーん!!っていう壮大なツッコミが入る案件だし。(笑)

イケてるも、ダサいも、どっちも幻想なんですよね。だって、基準は人それぞれなんだもの。

ならば、そんな二元論で自分を裁く暇があったら、もっと自分を楽しませようぜ!って感じですな^^

▼コンプレックスも全部まとめて受け入れて、自分を甘やかすための読書会

ではまた!

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